「区切り」に抗い、考え続ける物語
東日本大震災10年 特集ドラマ『あなたのそばで明日が笑う』
思い出せなかった風景
――震災から10年のドラマの脚本の依頼があったときどのように感じられましたか。
震災のことは常に意識の奥にあって、主宰する劇団「ロロ」の作品でもモチーフやバックグラウンドとして描いてきました。いつか題材として正面から向き合いたかったので、ありがたいお話でした。
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――震災当時のことを聞かせてください。
大学入学時に上京、そのまま東京で暮らし、ロロを旗揚げして少し経った頃に震災が起きました。震災から2、3週間後に、子ども時代を過ごした女川町へ車で向かいました。住んでいたアパートの前に立つとギリギリまで津波が来た跡があり、そこから海までは津波にすべてをさらわれていました。小学校は建物が残っていて記憶が蘇りましたが、景色が一変した場所を見ると、たくさん思い出があるはずなのにそこで何をしていたか、どんな風景だったか一切思い出せなかった。「思い出せなかった」ということが強烈な印象として心に残っています。
被災地に生きる人の声を聴く
――今作品のストーリーはどのように構想しましたか。
被災地に暮らす人を、被災者あるいは非被災者と単純にはくくれないと思いました。誰も、他の人の「当事者」にはなれないし、同じ状況の人などいません。だからこそ、ずっと地元にいる人や一度古里を離れて戻ってきた人、震災後に移住してきた人、子であることや親であること……さまざまな立場、年代の人の物語を書きたいと思いました。
「分かる」「分からない」という二項対立を超えて人をつなぐことができるのは、フィクションの持つ力。物語は、非当事者が当事者に寄り添うためにあると僕は考えています。
――印象的なセリフが多くあります。これらは取材を通して生み出されたものですか。
撮影の舞台となった石巻で取材をしました。多くの方に会って話を聞かせていただき、それらの一つ一つがベースになっています。中でも、奥様が行方不明になっている男性がつけていた「夢日記」は、重要なモチーフになりました。
歳月が経ってもなお、家族間や友人同士で震災を話題にできないことがある、それほど深い傷や複雑な思いが一人ひとりの中にあることも、取材を通して知ったことです。一方で、移住者と地元の人が入り混じって新しいことにチャレンジする前向きな動きも生まれていて、実際に実を結び始めている。10年経った今の被災地にはさまざまな面がありました。

――取材を通してもっとも印象に残っていることは。
多くの児童と先生方が犠牲になった石巻市立大川小学校を訪ね、お子さんをなくした方からお話を伺ったことです。教室のロッカーに貼られた名前のシールが目に入った瞬間、「確かにこの場所で子どもたちが生きていた」ということが、リアリティをもって胸に迫ってきました。まさに彼らの姿が立ちのぼってくるような衝撃でした。
聞かせてもらった景色や人々のことを僕は知らないけれども、思い浮かべる、感じ取る、必死になって想像することはできる。それをしなくてはならない、「知る」だけではダメなんだとはっきり感じた瞬間です。この鮮烈な体験が、今作品に強く影響を与えました。
「節目」は誰かが決めるものじゃない
――取材後、脚本を書き上げるまでの心境は。
つらい記憶を話してくださった方がたくさんいました。皆さんの思いを作品に落とし込んでいくことに迷いや葛藤、正直に言えば罪悪感のような感情に苦しくなったこともあります。セリフを書いては何か違うと感じて、プロデューサーやシナリオアシスタントと話し合い、悩むこともたびたびでした。書き上がった今も、すべての言葉がこれで良かったとは言い切れずにいます。僕はまだ全部分かってはいないし、分かったフリをしてはいけない。考え、悩み続けるためにこの物語を書き上げたように思えるし、だからこれからも書き続けます。
――「震災から10年」という時間をどのように見ていますか。
「10年の節目」という表現をよく耳にします。でもどっちが前か後ろか、節目はいつなのか、それは一人ひとりの中にあって、誰かが勝手に決めるものではないんですよね。この物語は、「節目」や「区切り」に抗うために作りました。
過去とともに未来へ
――試写を見ての感想は。
たくさんの人の力でようやく完成した、特に取材でお世話になった方々の言葉が形になったことが、感慨深かったです。そして、俳優の皆さんがそれぞれのキャラクターを真摯に「生きて」くれたことに感激しました。
気に入っているシーンは、今作のテーマの一つである「記憶の継承」を象徴的に描いた場面です。「記憶を風化させずにどう受け渡していくか」という被災地の課題に対する僕なりの考えを、震災のつらい記憶ではなく温かな優しいエピソードで表現したかった。ここで種明かしはしませんが、素敵なシーンになったのでじっくり味わってもらいたいです。
――最後に、「あなたのそばで明日が笑う」というタイトルが意味するものを教えてください。
「過去と未来は共存できる」と信じ、その願いを込めてタイトルを付けました。「あなた」や「明日」が象徴するものを、ストーリーからみつけてもらえればと思います。ラストシーンのイメージは書き始めから一貫していたのですが、実際にどう終わらせるかは迷って……悩んだ末に納得のいくラストを書くことができました。
このドラマは震災がテーマですが、それだけでなく、「大切な人とともにいるって、どういうことだろう」と問いかける作品にしたかった。人と人のつながりの温かさを感じていただければさいわいです。
三浦 直之(みうらなおゆき)
1987年生まれ、宮城県出身。2009年、『家族のこと、その他たくさんのこと』で王子小劇場「筆に覚えあり」に史上初入選。同年、主宰としてロロを立ち上げ、以降全作品の脚本・演出を担当。2013年、脚本・監督作品 映画『ダンスナンバー 時をかける少女』を発表し、MOOSIC LAB 2013 準グランプリ他3冠を受賞。2015年には『ハンサムな大悟』の戯曲が第60回岸田國士戯曲賞最終候補作に選出。TVドラマの脚本、MVの監督なども手掛ける。 Twitter @miuranaoyuki
■放送情報
NHK総合・BS4K 『あなたのそばで明日が笑う』
3月6日(土)19:30〜放送(73分・1本)
作 : 三浦直之(宮城県出身)
音 楽 : 菅野よう子(宮城県出身)
主題歌 : RADWIMPS「かくれんぼ」
出 演 : 綾瀬はるか、池松壮亮、土村芳、二宮慶多、阿川佐和子、高良健吾ほか
制作統括 : 磯智明
プロデューサー : 北野拓
演 出 : 田中正

■STORY
宮城県石巻市の復興住宅で一人息子と暮らす真城蒼(綾瀬はるか)は一見、明るく立ち直ったかのように日々の生活を送っている。しかし、あの日、津波で行方不明になった夫・高臣(高良健吾)を待ち続けている。当時、高臣と義母の浅子(阿川佐和子)が大切に営んでいた本屋兼自宅も流されてしまい、その土地は災害危険区域に指定されたため、元の場所へは戻ることができずにいる。
あれからまもなく10年。蒼はコツコツと買い直した本と貯めてきた開業資金を手に街中の空き家をリノベーションして、高臣の愛する本屋を再開させることを決める。その時、義理の妹・遥(土村芳)の紹介で、人付き合いが苦手な移住者の建築士・葉山瑛希(池松壮亮)と出会う。当初は正反対の性格と異なる境遇からわかり合えない二人だったが、行方不明の夫・高臣の本屋を一緒に作るうちに互いにひかれあっていく。二人はうまくいくかに見えたが、高臣の存在が大きく、蒼も瑛希も踏み込むことができない……。