L・P・D architect office 代表 洞口文人さんインタビュー

館下の公共空間「Tateshita Common」へ

仙台市中心部から車で約40分。JR岩沼駅からほど近い館下にある「Tateshita Common」は、敷地内に古民家・庭・ヘアサロンが集まった場所。エントランスに植えられた色とりどりの花が目に鮮やかです。

エントランスを抜けたTateshita Commonの敷地内には、趣のある古民家が。しかし、ただ古いだけではなくしっかりと手入れされていることがわかります。

朗らかな笑顔で出迎えてくださったのは、この「複合古民家実験住宅」の住人で施主の洞口文人(ほらぐちふみと)さん。建築家で奥様の苗子さんと共に、「L・P・D architect office」を運営しています。複合古民家実験住宅は住居兼モデルルームでもあるということで、中にお邪魔させていただきました。


リノベーションした古民家に住まう

家の中に入ると、広々としたリビングとダイニングが。天井が高く、梁や屋根裏は元の木を生かしてあります。窓際に置かれた真っ赤なソファや、部屋のいろいろな所に置かれた間接照明、雑貨やインテリアが現代的なアクセントを加えています。


築60年のこの古民家の佇まいに惚れ込んで購入し、リノベーションを施して住むことを決めた洞口さん夫妻ですが、元は瓦屋根に土壁、木製建具の日本家屋。重く雨漏りの原因となる屋根の瓦は降ろし、断熱と防水をして板金葺きの屋根に変えたり、床や壁に耐震補強を施したりして現代の暮らしに合った形にすることにこだわったそう。
「古民家だから冬は寒く、夏は暑いというのは耐えられない。しっかり断熱をしたので夏は涼しいですし、真冬にペレットストーブを消してから寝ても、朝は一階も二階も15度前後を保っているんですよ。」

生まれ育った地が、嫌いだった

今でこそ岩沼での古民家暮らしを楽しんでいる洞口さんですが、元々は生まれ育った岩沼が嫌いだったといいます。
「今ほど地方創生の話もないし、面白い人たちがいるところでいろんなことを勉強して身につけなくてはいけない。そのためにも、都会、もっといえば海外に出なければという思考だったんです。姉もニューヨークに留学していたし、親も、世界は広いから地元を出なさいという考えでした。」
東京の大学に進学した洞口さんは、大学の先生方と共に東日本大震災後の石巻・牡鹿半島の復興計画の設計に携わっていました。宮城を行き来する中で、都会志向の考え方が徐々に変化していきます。
「震災の少し前から、この先東京での幸せはどこに向かうんだろう?という漠然とした思いがありました。震災後、改めて自分が育った宮城県を客観的に見つめ直したら、お宝といえる資源がいっぱいあるなと思えて。
古い建物も結構残っているので、東京だったらリノベーションしておしゃれなレストランとかにして、そうすると人が来るよな……そんなことを思っているうちに、宮城でそれをやったらどうなるのかと考えるようになっていきました。」 大学で建築設計デザインを学んだ後、東京の建築設計事務所に就職するも、個人の住宅の設計一筋な仕事は自分の目指すところではないと思い、半年で退職。当時お付き合いしていた苗子さんも宮城に行きたいということで、一緒に帰ってきました。ここから、洞口さんのまちづくりの仕事がはじまります。
まちづくりって、どこに就職するの?

「建築の設計デザインを勉強してきたので、『まちづくりをするにはどこに就職すればいいんだろう?』と、はじめはピンときませんでした。でも、東京にいた時に、例えば代官山などを見ていておしゃれなエリアをつくることには興味があったし、都市をつくるためには役所の仕事は重要な役割だと思い、腹を決めました。」
2013年、28歳で仙台市に入庁した洞口さんは、都市の再開発を行う都市整備局に配属されます。配属から二週間ほど経ったある日、当時の上司から与えられた業務で、早くも一躍脚光をあびることに。
「当時の課長から、オフィスの空室率を調べる仕事を言い渡されました。調べてみると、空室率は下がっている状態(オフィスの入居率が高い状態)。でも、震災特需で下がっているだけで、いずれはまた空室率が上がるだろうと思いました。
仙台は支店経済で、高価格の家賃を払えない中小企業も多いので、再開発をして大きなオフィスビルを建てるより、古い建物をリノベーションしたり、使われていない公共空間を活用したりして若い人たちがどんどん活躍できるような場所を作りたい。はじめは賃料を安くしても良いから、いずれは高単価を払える企業を育てましょうと提案したんです。そうしたら、局長が賛同して市長に企画を上げてくれて。『なにやら新人の企画が目玉事業になってるぞ』と(笑)。」

学生の頃からものごとの設計や構想が得意だったという洞口さん。その能力も、新人時代に大躍進した一因かもしれません。
「建築畑だったので、プレゼンや資料作りは五万とやってきていました。たまたま当時の僕のパソコンにデザインソフトのIllustratorが入っていたので、図やイラストをたくさん入れてわかりやすい資料を作っていました。」
一方で、新人らしいこんなエピソードも。
「当時、周りには『あいつは民間で働いた経験があるからだ』と思われていたようですが、実際は、建築事務所にいたのも半年で経験なんか全然なかった(笑)。組織の仕組みも解っていなかったので、同僚の女の子に『洞口くん、係長は係の長って書いて係長なんだよ』って言われてはじめて納得。僕の頭の中ではカカリチョウ、とカタカナに変換されていたんです(笑)。」
民間と行政の橋渡し

入庁して2年ほど経った頃、洞口さんは、仙台市企画のまちづくりイベントにコーヒーを淹れにきてくれていた本郷紘一さんと出会います。
「僕の親は美容師なので、美容室やネイルサロンを経営している本郷さんには親近感があったし、面白い活動をやっている人だなと思いました。当時、本郷さんは晩翠通りにコーヒーのお店『SENDAI COFFEE STAND』をオープンする直前。それなら、『近くの肴町公園を活用したまちづくりを一緒に考えてみませんか?』と声をかけました。」
洞口さんは本郷さんを巻き込み、肴町公園を活用した事業を展開していく最初のステップとして肴町公園でマルシェを開催します。マルシェが盛況に終わった後、本郷さんから出たのは「定禅寺通でもやりたい」という言葉。それが、「TOHOKU COFFEE STAND FES」として実現します。さらに、定禅寺通・肴町公園・西公園一帯をすべて使った「都市回遊型マルシェ」というコンセプトで生まれたのが「GREEN LOOP SENDAI」で、今や開催の度に大勢の人が足を運ぶ人気ムーブメントとなっています。
洞口さんと本郷さんが仲間と共にポートランドを訪れたのもこの頃。
「ポートランドはのんびりとしていて、その土地独自の文化が発展している町でとても刺激を受けました。仙台には中心部としてのカルチャーがあり、数十分車を走らせれば、岩沼のようなもう少しローカルなカルチャーがある。そういうまちのあり方の参考になるなと思いました。」
その時共鳴しあった仲間が、本郷さんが代表を務めるまちづくり会社「Sendai Development Commission株式会社」のメンバーとなり、洞口さんが行政としてサポートする形に。後に、勾当台公園で「LIVE+RALLY PARK.」を生み出します。2015年頃にはまちづくりの活動が全国的に注目され、本郷さんと洞口さんは公演にも呼ばれるようになっていました。
洞口さん自身はといえば、この頃に営繕課へ異動。より快適で、持続可能な公共施設づくりを目指す「せんだいエネルギーまちづくり」を立ち上げ、公共施設の断熱実証実験に尽力した後、2020年に退庁。身になるもの全部身につけて辞めると目標にしていた、35歳の時でした。その後、岩手県紫波町の仕事に携わり、拠点を岩沼に移します。 「役所での仕事と並行して、プライベートでは古民家を購入したり、全国各地の面白いまちづくりをしている人たちと繋がったりしていました。結果、役所での仕事もプライベートもぐるぐるループして、互いに良い作用があったなと感じます。」
まちの福利厚生をつくる

仙台市でのまちづくり経験を経て、洞口さん夫妻が立ち上げたL・P・D architect officeは、元は古民家の屋根裏の一角からはじまった会社。近くに場所を移して拡大するタイミングで、せっかくならコワーキングスペースにして、館下エリアに面白い人たちを入れようと作られたのが「Tateshita Share」です。現在L・P・D architect officeのほか、旅行代理店の営業所、アーティストの女性、整体師の方が会員として入居されています。

また、複合古民家実験住宅は、洞口さん一家のプライベート空間でありながら、モデルルームであり、外に開いた場所でもあります。これには、洞口さんのこんな想いがありました。
「家はプライベート空間ですが、複合古民家実験住宅の庭はコモンスペース(公共空間)でありたいと思っています。古民家単体で良くなるのではなく、エリア全体が面として面白くなるようにしたいんです。」
その言葉通り、Tateshita Commonの庭では、シネマパラダイス(野外映画祭)や、こどもたちに「稼ぐ」について教えるクリエイティブスクールを開催したりと、地域内外を巻き込んでさまざまな試みを行なっています。
「自分が住んでいる岩沼を選ばれる町にするには、今の岩沼のポテンシャルだけではなく、違うポテンシャルを自分たちで作らなければいけないんです。面白い住宅や暮らしが作れたら、クリエイティブな人材が集まりコンテンツは増えて、持続可能な地域になる。そのために、岩沼に面白い人を呼び込みたいんです。」 そんな想いから、洞口さんが新たに取り組んでいるのが、ライフスタイル型アパート「apartment BEAVER」の建設です。

「未だに多くの人が家を選択する時、高度経済成長の名残で暮らしているのでは?と思うことがあります。僕らは、どういう時間を過ごすかに優先順位を置く生活をしてほしいんです。職場までの往復の利便性ではなくて、例えば、サウナに入りたい、ペレットストーブの灯りを見ながらコーヒーやワインを飲みたい、休みの日は焚き火をしたい、とかね。
apartment BEAVERは、新たに購入した古民家の隣の敷地に建設中で、各世帯にペレットストーブを入れ、外にはコミュニティサウナ小屋を作ります。サウナの後は、水風呂や庭での外気浴も楽しめるなんて、良いでしょ?(笑)
地域で面白いコンテンツを作ることは、まちの福利厚生だと思っています。そのためには、その福利厚生を欲しがる人に岩沼に来てもらわなければいけない。
だから、本を自由に借りられる本棚『リトルフリーライブラリー』を置いたり、子どもが遊べるようにベンチやチョークを置いたりと、自分たちが心地よい空間を作ることが地域にとっても心地よいものになるはずです。」

館下で着実に新しいコミュニティが生まれている一方で、元々この地に住んでいる方も、Tateshita Commonを温かく見守っている様子。
「川向こうに住んでいる方が、『夜、窓から漏れるオレンジ色の灯りがキャンドルをたくさん灯しているみたいにあたたかくてとっても嬉しいんだ』と言ってくれました。コモンスペースでイベントをやる時は、近所のおばあちゃんがちょっとおしゃれしてコーヒーを飲みにきてくれます。
岩沼で理想の暮らしをしたい新しい人が面白いことをすれば、元々住んでいる人も良いサービスを受けられてこのエリアが発展していく。そうやって岩沼が選ばれる町になっていけば良いなと思っています。」
洞口さんは岩沼に住まい、今日も面白がりながら住まいと暮らしをつくっています。

洞口 文人(ほらぐち ふみと)
1985年宮城県岩沼市生まれ。法政大学大学院建設工学専攻(渡辺真理研究室)修了。東京の建築設計事務所を経て、2013年仙台市に入庁。都市再開発課に配属され、「せんだいリノベーションまちづくり」を企画し、「せんだいリノベーションまちづくり計画」の策定、定禅寺通における公民連携プロジェクト『GREEN LOOP SENDAI』を推進した。2018年度、営繕課に異動後は、公共施設の断熱化による莫大な維持管理費の削減に取り組み、「せんだいエネルギーまちづくり」をスタートさせた。2020年11月、仙台市を退職し、株式会社L・P・Dを洞口苗子と共同創業した。これまでの公務員としての経験を生かしながら、公民連携事業や様々な事業を担うべく代表取締役CEOに就任。2020年特定非営利活動法人自治経営を設立、副理事長に就任。2022年〜東北工業大学建築学科非常勤講師を務める。
L・P・D architect office
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