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もっと、漆を暮らしに!

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漆フレームの自転車

今こそ漆が新しい ―後編―
もっと、漆を暮らしに!

漆の抗菌・防腐作用が暮らしの中で様々に活用されていく事例を伺いながら、これは「技術の再発見」なんだなあと感じました。古いものと新しいものを分けて考えるのではなく、つながりや組み合わせから生まれる革新がある、そんなことを考えながら、土岐教授のお話は「漆の強度」へと進みます。

Mar 22, 2021     

今こそ漆が新しい ―後編―
~もっと、漆を暮らしに! 宮城大学・土岐 謙次教授~

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今こそ漆が新しい ―前編― ~暮らしに漆を増殖させる!? 宮城大学・土岐 謙次教授~

こんなに強い、漆の強度

土岐教授 それでは、漆の強度についてお話しします。
暮らしの中に漆を取り入れるということを考える時、じゃあ漆ってどのくらい丈夫なのか、強度があるんだろうか、ということを考えないわけにはいきません。それで調べてみたんですが、意外にも、これまでちゃんと漆の強度を研究したものがなかったんです。

そんな折に、今では一緒に共同研究をしてくださっている金田先生(東京藝術大学美術学部建築科准教授)と出会いました。
私は漆を扱う人間として、工学的・科学的にその強度を調べてくれる人はいないかと思っていたのですが、逆に金田先生は、調べる術はお持ちでしたが、漆に関して扱いあぐねていらっしゃいました。要するにお互いやりたいことは同じだったので、すぐに意気投合して、共同研究が始まりました。

そこで研究の出発点としたのが、興福寺収蔵の国宝、阿修羅像です。興福寺は過去、何度も火災にあってきましたが、その度ごとに阿修羅像は僧侶たちによって外に運び出され、災禍を免れてきました。なぜそんなことができたかと言えば、阿修羅像が「乾漆」という技法で作られ、軽く、丈夫だったからと考えられています。

阿修羅像の過去の研究から内部の構造を調べました。乾漆技法を用いているということは分かっており、資料からおよその厚みは把握することができましたので、そこから麻布と漆を使って、強度実験のためのサンプル素材を作りました。布を重ねる枚数を増やしたり、布の重ね方向を変えたり、厚さや構造の異なる素材を50種類ほど用意し、それを縦方向に潰し、強度を調べていきました。これには、実際に建築建材の強度を調べる方法を使っています。

「100kg程度の力には耐えられるだろう」くらいの想定でいたのですが、実際にやってみると、なんと麻布8枚、3mmの厚みの素材で、縦方向に1.8トンの力に耐えるほどの強度があるということがわかりました。

 
乾漆(かんしつ):麻布を漆で固める技法。中が空洞で軽く堅牢なため、火災の際に運び出すことが容易だったと言われている。
 

実験で実際に使われた素材。下の方が少しだけ潰れているが構造へのダメージはない

これはだいたい、ケヤキ、クリなどの広葉樹(木材)くらいの強度ということになります。
なるほど、植物の樹液で植物原料の布を固めているのでそのくらいの強度はあるかと思いましたが、それでもこれはかなりの強度と言えます。
木と同程度の強度を持つということであれば、簡単に言えば木造建築も作れる、ということです。
でもまあ、急に建築物というのも飛びすぎ、ということで、まずは人が座れるものということで椅子を、椅子ができたから今度は机、という流れで作ってきました。

ペーパーハニカム
ペーパーハニカム。この上下に麻布と漆を塗り重ね板材にする。空洞部分が多いので軽く、ハニカム構造なので丈夫
乾漆のスツール
左は乾漆のスツールで120kgの重量まで耐えられる。右は乾漆技法にペーパーハニカムという素材を組み合わせて使った座椅子

乾漆技法で製作されたテーブル
同じく乾漆技法で製作されたテーブル。天板にはペーパーハニカムが使用され、とても軽い

 

――木だけではなく紙も使うんですね。

土岐教授 最初に作ったのは赤い椅子で、これは麻布と漆だけです。強度を出すために麻布8枚を重ねたのですが、丈夫になったものの、漆の使用量がとても多くなりました。そこから今度は、いかに漆の使用量を減らし、かつ強度を保つか、ということをテーマにしたんです。

ペーパーハニカムはその名の通り紙ですが、ハニカム構造のため面方向の強度が非常に強いです。これを乾漆の板でサンドイッチするとさらに強度が増し、それでいて中空なので軽い、という素材ができました。
これまでのように木や麻布だけを使うのではなく、紙と乾漆のように複数の材料を組み合わせる(コンポジット構造)ことで机ができ、それを応用して白い座椅子も作りました。座椅子は重さ1.2kgしかありませんが、家具のJIS試験にもパスした強度を持っています。

こうした制作にはコンピューターでの強度シミュレーショが欠かせません。3Dソフトを使って設計し、強度を計算し、強度を保てる漆の量を試算します。型を作るのに3Dプリンタを使うこともあります。よく「伝統技術とテクノロジーの融合」というような話が出ますが、今ではこういった制作は当たり前のことです。シミュレーションをしっかり行い、効率的なものづくりを行なっています。

さて、ということで……

――いよいよ自転車ですね!

  

漆で自転車!

土岐教授 これが漆フレームの自転車です。黒い筒状のものが乾漆の技法を使ったパイプになります。

漆フレームの自転車
漆フレームの自転車。力の掛かる真ん中の黒い棒、三辺全てが乾漆のパイプになっている
乾漆パイプのアップ
乾漆パイプのアップ(トップチューブ)。ジョイント部分は金属で、乾漆パイプがはめ込まれている
ダウンチューブ
下の辺にあたるダウンチューブ。ジョイント部分の尖った意匠が美しい

パイプの芯は紙管(紙の筒)で、その周りに筒状の布を何枚も重ね、漆で固めてあります。一番強度が必要な部分では布を9枚使いました。(実際に、紙管に布をかぶせるところをやっていただきました)

リネンチューブ
筒状に織られた布。リネンチューブと言います
プラスチック製の筒にリネンチューブを被せる
左は紙管。右にあるのはプラスチック製の筒にリネンチューブを少し被せた状態のもの
プラの筒にリネンチューブをたるませて履かせる
プラの筒にリネンチューブをたるませて履かせ、紙管に通す
リネンチューブを紙管全体に被せる
プラ筒を動かしながらリネンチューブを紙管全体に被せていく。冬物の長い靴下を履く時のようなイメージ

強度のある乾漆パイプを作る
履かせては漆を塗り、乾かし…、を繰り返して、強度のある乾漆パイプを作る

 

――大変そうですが(笑)。

土岐教授 このやり方にたどり着くまで何カ月か掛かったんですが、意外とアナログですよね(笑)。でもアナログの方が早くて正確という場合もあります。では、せっかくですから走ってみましょう!

漆でできた自転車に乗る土岐教授
実際に走っていただきました。先生本当に楽しそう!

 

漆を未来へ

――本当に乗れるんですね! というと失礼ですが、漆のパイプにこんなに強度があるなんて、やっぱり驚きです。

土岐教授 現状の強度は、まだ金属には及びません。でもこうして、十分に乗ることが可能な強度はあります。これまで作ってきた椅子やテーブルにも言えることなんですが、重要なのは「ここまでできる」ということを目に見える形にする、ということなんです。

シミュレーションで強度までは大体わかります。それで、「乾漆で自転車のフレームが作れるんですよ。すごいでしょ」と言っても、なかなか伝わりませんよね。ひとつひとつ目に見えるものにすることで、実物を前に話をして、そこからまた新しいものにアイデアが繋がっていく。見た目や手触り、使い心地を実感することの情報量ってすごいんです。

もうひとつ、こうしてものを作るときにはデザインが大切です。自転車を作ったんですから、乗れるのは当たり前。その上で、相当な自転車好きが見ても美しいと感じてもらえるようなデザインでなければ、ものとして魅力がありません。構造に漆を使い、デザインも良く、機能的にも良い。いつもそういうプロダクトを目指しています。

最後にひとつ、これを見てください。
これは、漆の鏡面仕上げなんですが、誰でもできるような新しい方法を開発しました。通常、鏡面仕上げは漆を何層にも塗り重ね、最後に表面を磨くのですが、このように薄くなると高度な技術が必要です。それがちょっとした練習だけで、普通の人でも塩ビ板と漆、布だけでできるんです。この技術は特許を申請中なんですが、私はこの技術を公開して、誰でも活用できるようにする予定です。

こういう新しい技術で、もっと漆が身近に、手軽に扱えるものになって、暮らしの中に漆が当たり前にある、そんな未来にしたいのです。

塩ビ板に漆を塗る
最初に塩ビ板に漆を塗り、その上に布を貼る。乾いて剥がすとピカピカの漆鏡面が出来上がる。布を多くすれば厚くもできる
布に漆を張ったもの
一枚だとこのようにペラペラに。「ランチョンマットに使ってます」と土岐教授

漆のアート作品
美術家・野老朝雄氏と土岐教授とのアートユニット「TOKITOKOLO」により制作された作品。乾漆の技術で作られたたくさんのパーツをつなぎ、球状にしている

 

>>もっと詳しく知りたい方は……
土岐教授の研究、『構造乾漆』ウェブサイトはこちら

 

土岐 謙次

1996年京都市立芸術大学美術研究科修了、2013年同大博士後期課程産業工芸・意匠修了、博士(美術)。2002年頃より3Dプリンタを使った漆造形作品の制作を行う。コンピュテーショナルデザインによる乾漆(麻布を漆で固める伝統造形技法)作品を世界各地で発表、建築構造家と共同で乾漆の強度実験を行うなど、古くて新しい漆の可能性を追求。2013年より宮城県にて東日本大震災後の耕作放棄地に漆を植える活動を行う。文化庁派遣芸術家、The Surrey Institute of Art & Design, University College研究員を経て2005年より宮城大学着任、2019年宮城大学事業構想学群価値創造デザイン学類教授

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