LIFE & WORK

漆でできた自転車を持つ土岐教授

今こそ漆が新しい ―前編―
暮らしに漆を増殖させる!?

みなさんは「金継ぎ」をご存知ですか? 漆を使って割れた器をくっつけたり、欠けた部分を補修したりする技術のことです。継ぎ目部分に金を使うことが多いので、金継ぎと呼ばれています。単に「漆継ぎ」と呼ぶこともあります。
ずっとこの金継ぎをやりたいと思っていた私は、昨年、コロナで仕事量が減ったことを良いことに(良いのか悪いのかわかりませんが)、金継ぎ教室に通うことができました。何度目かの教室の時間、金継ぎの先生が、「実は乾漆(かんしつ)という漆の技術で、自転車のフレームを作った人がいるんです」と教えてくれました。
漆で自転車? しかも乗ることもできる?
何としてもその自転車を見たいと俄然興味が湧いてしまった私は、先生にご紹介いただき、宮城大学の土岐謙次教授からお話をお伺いすることができました。

Mar 22, 2021     

今こそ漆が新しい ―前編―
~暮らしに漆を増殖させる!? 宮城大学・土岐 謙次教授~

研究室の漆。これがどんな風に自転車のフレームになるのか…?

 

暮らしと漆

――土岐教授、私は金継ぎをちょこっと習ったくらいのもので、漆については、お椀や工芸品をたまに見るくらいです。まず、漆について教えてください。

 
インタビューに応える土岐教授土岐教授の研究室にお邪魔し、まずは漆についてお聞きしました

土岐教授 漆はどうしても工芸品とか、高いものというイメージがありますよね。お椀はそれなりに身近なものかもしれません。ところで昔、禅寺などで修行するお坊さんは、漆器のお椀を使っていたのをご存知ですか? お坊さんたちは食事の後、今のように漆のお椀を洗ったりすることはありませんでした。食べ終わったお椀に白湯を入れて、飲み干した後は布巾で丁寧に拭いて終わり。なんでそれで大丈夫だったかというと、漆には抗菌作用があるからなんです。漆塗りのお椀というのは、そういう意味でとても理にかなっています。

漆の抗菌作用は、今では様々な研究で科学的に証明されていることなんですが、他にも漆には防腐作用があったり、乾くと非常に硬くなるという性質があったりします。こういった漆の性能を活かして、私は、漆をもっと暮らしの中に取り入れることはできないかと考えてきました。

例えばこれ。これはある幼稚園のお部屋ですが、この床には漆が塗られています。どうしても子どもたち は床で遊んだり、床に落ちたものを口に入れちゃったりしますよね。自然の素材で、安心できる環境を用意したいという園長先生の思いから、床に漆を塗り、その抗菌作用で雑菌の繁殖を抑えるということをしています。

 
艶のある綺麗な床。天然材のフローリングで気になる雑菌の繁殖も抑えることができる

もうひとつ、これも見てください。
私の自宅のお風呂なんですが、ヒノキに漆が塗ってあります。これは自分自身で実験しているようなもので、もう10年、毎日使っています。毎日のようにお風呂に入っても、普通の掃除だけで、腐っていませんし、もちろんカビてもいません。手触りもいいですし、10年経っても防水機能を維持しています。

ヒノキの風呂の内側には「白漆」という白い漆が塗られ、ピカピカです
 
ホームセンターで買ってきた1,000円くらいのスノコに漆を塗ったもの。抗菌・防水で表面の耐久性も高いので、6年間ノーメンテナンスでもこの状態!
 

「日本の漆」が危ない?

――新品みたいで、そんなに長く使っているようには見えませんね! でも、技術的にも費用的にも、漆って手軽に使えるものなんでしょうか?

土岐教授 先ほどの幼稚園の床もヒノキのお風呂も「拭き漆」という技法を使っています。木材の表面に漆を擦り込むように浸透させる技法なのですが、特別な道具も必要ないですし、少しの指導があれば簡単にできるような技法です。幼稚園の床でも、園長先生自ら漆塗りをしてくださいました。誰でも、というわけにはいかないかもしれませんが、職人さんにお願いしなくても自分たちで漆を塗ることで、人件費はぐっと抑えられます。

そして漆の値段ですが、国産の漆は確かに高いです。今、国内で使われている漆はほぼ中国からの輸入ですが、国産漆は輸入品の10倍くらいと、結構な価格差があります。逆に言えば、大量に使うときには輸入の漆を使えば費用が抑えられます。先ほどのスノコですが、輸入漆を3回塗って、漆の費用は大体1,000円くらいです。

 
床板に漆を塗る様子園長先生はじめ、ボランティアの学生さんも一緒に漆を塗る

――そのくらいだと、自分でもやってみようかとも思えてきました。

土岐教授 先ほど輸入漆の話をしましたが、実は国内で使用されている漆の98~99%は輸入品です。

――えっ!! ほとんど……ですか?

土岐教授 国内での漆製品の国内需要は30年(1975年―2005年)で7分の1以下になってしまいました。原料たる国産の漆は今では年間2トンほどしか生産されていません。ある文献では、すでに江戸時代から漆を輸入していたという記録もあるそうですので、国内需要に対して国内生産量が少ないのは今に始まったことではありません。それでも危機的な状況にあるのは間違いありません。

漆の使用量が減ったから漆の生産量が減ったのか、その逆なのか、理由は色々あります。確実に言えるのは、漆を使う機会が激減しているということです。自然由来のもので環境負荷も少なく、抗菌・防腐などの作用もある優秀な素材なのに、です。

なぜ私が、床やお風呂のようなものへの漆の活用を考えているかというと、漆をできるだけ暮らしの中に取り入れていきたいという思いがあるからです。最初にもお話ししたように、漆というと、とても高いもの、工芸品や芸術品に使われているもの、というイメージが強いと思います。でも日本では昔から漆のお椀を使うなど、暮らしの中に漆がありました。

軽くて強度もあり、抗菌・防腐作用がある漆の性能を生かし、暮らしの中にもっと漆製品が増えれば、漆の需要も増え、生産量も増えると思っています。

コーヒーを出していただいたこのカップは、白い和紙の器に漆を塗り重ねたもの。紙のざらつきがなくなり、口当たりがとても良い

――このカップも漆塗りですね。軽くて、手にも馴染むし、飲みやすいです。
そんな風に「人の暮らしにあるもの」という流れで、自転車のフレームも作られたということですか?

土岐教授 そうなんですが、そこに至るまでにも色々作りました。ここからは漆の強度の話もしましょう。


ということで前編では、漆の性質や新たに活用方法についてお聞きししました。
後編では、「構造」としての漆やその強度、そしていよいよ自転車についてお聞きしていきます。

 

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今こそ漆が新しい ―後編― ~もっと、漆を暮らしに! 宮城大学・土岐 謙次教授
 

>>もっと詳しく知りたい方は……
土岐教授の研究、『構造乾漆』ウェブサイトはこちら

 

土岐 謙次

1996年京都市立芸術大学美術研究科修了、2013年同大博士後期課程産業工芸・意匠修了、博士(美術)。2002年頃より3Dプリンタを使った漆造形作品の制作を行う。コンピュテーショナルデザインによる乾漆(麻布を漆で固める伝統造形技法)作品を世界各地で発表、建築構造家と共同で乾漆の強度実験を行うなど、古くて新しい漆の可能性を追求。2013年より宮城県にて東日本大震災後の耕作放棄地に漆を植える活動を行う。文化庁派遣芸術家、The Surrey Institute of Art & Design, University College研究員を経て2005年より宮城大学着任、2019年宮城大学事業構想学群価値創造デザイン学類教授

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