住宅街生まれの新技術世界が認めた“伊達な”トイレ
人の心を動かす優れた仕事をしている方にお話を聞く特集 “お仕事の極み”
キレイに使いたくなる
トイレを作ってみたい
―― 「Artoletta」を開発しようと思ったきっかけはなんですか?
赤間晃治さん(以下:赤間) 直接のきっかけは、東日本大震災です。震災の3日後くらいから、被災地の避難所などでトイレや下水の復旧活動に携わっていました。トイレは人間の生活に欠かせない場所。だから直したときは英雄なんです。「よく直してくれた、ありがとう、ようやく流せる」って。でも、すぐに汚れちゃう。汚くなって詰まったりするから、女性や子どもは使いたくなくて、我慢して具合が悪くなる。私ができることは、すぐ汚れるのが分かっていながら、修理することだけでした。その時、便器を磨きながら「キレイに使いたくなるトイレをつくれないか」と思ったんです。そこで、トイレ自体がおしゃれな場所で、絵が描いてあったりしたら、みんなキレイに使おうと思うのではと考えました。
多面球体のトイレに
フィルムを貼る技術
―― 「Artoletta」は、トイレにペイントするのではなく、フィルムを使ってラッピングしているようですが、どうしてこの方法を選んだんですか?
赤間 ペイントは個人の技術で出来が左右されるので、安定して生産できるフィルムを使うことを思いつきました。ヒントは、カーラッピングです。アニメのキャラクターなどを車に貼るいわゆる「痛車」ですね。これだ!と試してみたのですが、やってみると難しい。トイレのふたの部分はまだいいのですが、苦戦したのは本体の部分でした。
―― 素人目には、長方形のフィルムを貼ればよさそうに思えますが……
赤間 そうでしょう(笑)。今度トイレを掃除するとき観察してみてほしいのですが、トイレって緩やかな卵型なんです。側面は緩やかなカーブ、前面は急なカーブ。この形状に長方形のフィルムを貼ると、あらゆるところがシワだらけになる。
―― (と、トイレのミニチュアを手渡してくれた赤間さん。触ってみると確かに繊細なカーブの連続です。)本当だ! こんなにしっかりトイレの形を観察したのは初めてです。でも、見れば見るほど、こんな面にフィルムを貼るのは難しいような気が…。スリットが入っているならともかく、継ぎ目も見えません。

長方形のフィルムを貼ると余りが出てしまうことが分かる
赤間 それをやってのけるのが、世界でうちだけの技術なんです。フタが閉まった状態で絵が完成されて見えるように、複雑な展開図を書く技術を開発しました。北斎や写楽は、展開図上は歪んで見えるのですが、貼ると一枚の絵になるんです。さらに、フィルムを貼り付けるのも、職人の技術が必要です。プラモデルにシールを貼ったことがある人なら想像できると思うのですが、小じわなしにまっすぐ貼るのはかなり難しい。「Artoletta」は、デジタルの技術が半分、人の技が半分で、ようやく完成するんです。それから、印刷するフィルムもこだわりました。場所の特性上、汚れにも水にも、清掃に使う薬品にも耐久性がないとダメだからです。世界中の業者から取り寄せて実験したのですが、一つのフィルムだけでは解決できず、数種類のフィルムを圧着させて、オリジナルを作りました。
好きになることが
みんなと違う子ども時代
―― デジタルによる計算と、人間の手わざが一緒になって、初めて完成するんですね。話を聞いていると、技術への誇りとともに、遊び心を感じます。赤間さんは、どんな子どもでしたか?
赤間 好きになることが、ことごとくみんなと違う子どもでした。ファミコンにもビックリマンチョコにもハマらなくて、だれも集めてないような、マイナーなカードを収集してたり。図工で絵を書くときも、一人だけ指で描いていたりしました。人と違うことをやりたいというわけではないのですが、夢中になること、「やりたい」と思うことが、いつも人とちょっと違うんです(笑)。
中学、高校になるとファッションに興味を持ち始めたのですが、流行に憧れるというよりも、自分が好きなスタイルを追求するタイプでした。デザインも独学です。やりたいことを実現するため、なにをしたらいいか考えて勉強しました。本当はそのままアパレル業界に進もうと思っていたのですが、父が体調を崩し、23歳の時に会社を継ぎました。
がむしゃらの20代
理想を実現する30代
―― 泰光住建は創業して33年になると伺いました。「Artoletta」の事業を起こす前は何をしていたのですか?
赤間 住宅や店舗のトイレまわりや配管工事です。父の時代から技術の高さは定評があったのですが、バブル後案件自体が減ってしまい、私が継いだときは経営が苦しい状況でした。20代はがむしゃらでしたね。技術の高さを泰光住建ならではのブランドにしようと、いつもは壁の中に隠れてしまう配管を写真に撮って見える化したり、技術コンテストに応募したりしました。その結果、当時と比べて売り上げは6倍になっています。頑張ったと思いますし、人の輪も広がりましたが、やっぱりデザインがやりたいという思いが消えなくて。35歳になって、そろそろやりたいことを実行していいだろうと「Artoletta」を始めました。私が「やりたい」と思ったことなので、やっぱりちょっと人と違っているのかもしれないですね。
海外の展示会で絶賛
地元にも徐々に浸透
―― 「Artoletta」は2014年に開発をスタートしたと聞きました。2015年以降、ジェトロ*¹による海外展開専門家支援を活用しながら、ドバイやイタリア、パリなどの展示会に出展していますね。どうして海外で展開しようと考えたのでしょうか?
赤間 当初は仙台で展開しようと思っていました。ただ、展示会に出ても「すごい、面白い」とは言ってくれても、購入に至らないケースが多かったんです。でも、この技術は、私が知る限り世界でうちにしかありません。付加価値を認めてもらえる市場に打って出よう、と海外を視野に入れるようになりました。海外での反響はすごいですね。特にドバイは、世界中からおもしろいものを集めようという意識が高く、バイヤーさんからも高い評価をいただいています。また、2018年4月27日~5月8日は、60万人が来場するパリの展示会「FOIRE DE PARIS」に参加します。最近では、仙台でも導入してくれる施設が少しずつ増え2017年には、荒井にできたライブホール「SENDAIGIGS」や、ユアテックスタジアム仙台に「Artoletta」を納品しました。
*¹ ジェトロ(正式名称・独立行政法人日本貿易振興機構)。中堅・中小企業等の海外展開を支援する政府機関。
トイレ+レストルームを
キャンパスにして
―― 今後さまざまな施設で「Artoletta」のトイレを使えるようになりそうですね。最後に、これからやってみたいことを教えてください。
赤間 今もそうですが、泰光住建ではトイレそのものだけではなく、レストルームの空間をデザインしていきたいと考えています。壁や手洗い場のデザイン、節水・節電・清潔を維持する技術などもトータルでコーディネートしていきたいと考えています。「ユアテックスタジアム」では、プロジェクションマッピングを使った空間演出に挑戦しました。トイレは私たちにとって「キャンパス」みたいなものです。これからもさまざまな企業やブランドとコラボして、新しいデザインや装飾、空間演出などにトライしたいですね。私は、仙台の企業だからと言って、仙台ならではの技術にこだわる必要はないと思っています。自分たちにしかできない技術を持っていれば、全国、世界から声をかけてもらえる。自分でPRしていくだけでなく、これからは世界から「呼ばれる」企業になっていきたいと思っています。

※こちらの記事は、2018年4月30日河北新報朝刊に掲載されました。
泰光住建株式会社
1987年に設立。住宅、店舗などの水道・排水の工事を行っている。仙台市優良公認店表彰を7度受賞、2016年には仙台市水道事業功労者として表彰を受けるなど、技術に高い評価を得ている。「Artoletta」では、2018年A’designAWARDブロンズ賞、仙台ビジネスグランプリ奨励賞、OMOTENASHIセレクション金賞受賞。
http://www.taikoujuken.com/jp/company/
撮影 三塚比呂