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白田のカシミヤ

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ニットを編む糸や「白田のカシミヤ」の小物、オレンジが鮮やかなカーディガンや白のニットがテーブルに置かれた様子

妥協“できない”ものづくり
白田のカシミヤ

県道457号線(羽後街道)を北上して加美町に入り、鳴瀬川を渡った左手の川のそばに「白田のカシミヤ」はあります。遠く船形山を眺める本社工場の2階には、熟練の職人さんたちが編み上げる柔らかでキラキラしたカシミヤがいっぱい。自然からヒントをいただき、手編みで作られるメイド・イン・加美町のカシミヤをご紹介します。

Dec 6, 2018   

カシミヤはキラキラしている!

百貨店の販売会で、「白田のカシミヤ」のニットを初めて見た。鮮やかな青いカーディガン。ビクトリアブルーという色のカーディガンは、カシミヤの持つテクスチャーのせいか、ゆったりキラキラと輝く海のように見えた。心の中では即決していたのだが、売場を何周か回ってから試着をして、スタッフの方に買う旨を告げる。女性用の在庫しかなかったので、男性用に合わせをお直ししてもらうことになり、そのやりとりをしている間僕の相手をしてくれたのが白田のカシミヤで販売会や広報の担当している赤津さんだった。

本社が加美町にあること、今ではほとんど使われなくなった編み機で編んでいること、話はなぜか赤津さんの職歴にまで至り、いつの間にか「工場見学に行ってもいいですか?」とお願いしていた。そして、あれよという間に10日後の取材が決まり、社長の白田さんにお話をお伺いする機会を得た。

「白田のカシミヤ」の首元のタグがかわいい鮮やかな青のカーディガン
一目惚れした、ビクトリアブルーのVネックカーディガン(2018年秋冬)

シラタさんのこと

――最初に変な質問ですが、白田さんは山形のご出身ですか?

白田社長
そうです。よくご存知ですね。山形の山辺町の奥の方です。
たぶん今でも150軒近くあると思うのですが、白田の一族が住んでいる、長い歴史のある地域です。白田の一族は、一説には菅原道真の流れを汲むと言われています。菅原道真が太宰府に左遷された後に落ち延びてきた祖先が土地を開墾し、養蚕もやっていたそうです。
私は分家筋ですが、祖父も父も「イトヘン」の仕事に関わっています。私も含めて、もうイトヘンがDNAに刷り込まれていますよね。

※イトヘン(糸偏)/ 「編む」「織る」など、漢字に糸偏の付く繊維関連の業種。

インタビューにこたえる有限会社シラタの白田孝社長
有限会社シラタ社長、白田孝さん

ちなみに、「白田・シラタ」って、どうも読みにくい名前みたいで、「ハクタ」とか「シロタ」とか、たまに「ジユウ・自由」って言われることもあります。「自由のカシミヤって、すごい名前ですね!」って。すいません、関係ない話で(笑)。

社内に飾られた鉤爪やヤギの置物
カシミヤ糸の原材料は、カシミヤヤギの産毛。手前の鉤爪のような道具で産毛を掻き取る

私の父は紡績会社で糸を作っていました。その仕事の関係で父は中国の奥の方に混ざり物の少ない良質なカシミヤがあることを知り、それを手に入れてカシミヤ製品を作りたいと思うようになりました。定年を待たずに紡績会社を辞めた父はその後カシミヤ製品を卸す会社をはじめて、ある時その父から「面白い工場がある」と言われて訪ねたのが、この工場の前身のニット工場「株式会社ムサシ」です。そこで「手横編み(てよこあみ)」をしている様子を見たのですが、これがすごい! カルチャーショックを受けてしまって。見学に来たはずがそこで働くことになりました。

6年間、手横編みの職人をさせてもらい、辞めた後しばらくは父の仕事の手伝いで、カシミヤニットの販売をしていました。そして13年前、「株式会社ムサシ」の社長から、「工場を閉めようと思うが、お前がやるなら居抜きで貸す」という連絡がきたんです。

白壁に三角屋根が特徴の白田のカシミヤの工場の外観
白田のカシミヤの工場。ちょん、ちょんと載っかっている三角屋根が特徴

白田のカシミヤ、誕生

――それはすごく嬉しい話しだとは思いますが……、相当悩みますね。

白田社長
正直、悪くなっていく業界に入っても、先が見えてしまっているのではないかと思いました。でも、ここにある道具でしか作れないものがある。手横編みを含めたこの工場の技術をどうしても残したい、と半年悩んだ末に工場を引き継ぐことを決心しました。

その時の職人さんにも何名か残っていただき、最初のうちは下請けの製造をしていました。その数年間は本当にしんどくて……。今思えば、手横編みという技術にしっかりとした価値を付けることができなかったんです。当時は自動編みの技術もどんどん進化していて、全て自動で編み上げてくれる機械も出てきていました。手横編みという技術は確かに品質の良いニットを編むことができますが、「珍しいからどうですか」と言ってもやはり高いので、勝ち目が無い。そして震災があり、どん底でした。仕事が来ないわけですから。

でも、工場には編むための機械がある。職人さんもいる。だったら自分たちで考えて、作って、売って、メンテナンスもお引き受けしよう。人に頼らず、全て自分たちでやろう。ものづくりに関わる者として、そこまでの責任を持って取り組もう。そう思いました。ギリギリまで追い込まれたからこそ、そこまでの決意ができたんだと思います。

手編み機で作業をする女性
手横編み機。「もっと近づいても大丈夫ですよ」と言っていただいたのだが、あまりにも繊細な作業をしているため近づけない……

白田のものづくり

そして2011年、「白田のカシミヤ」ブランドが誕生した。

コンセプトは、「カシミヤを日常的な服に」。製品が生み出されるまでには数々の手の込んだ工程があるのだが、そのこだわりを少しも表に出さないのは、職人さんたちの確かな技術と高い品質への自信、責任感があるからに他ならない。

どのようにして質の高いカシミヤニットが編まれていくのか、その工程をご紹介する。

「白田のカシミヤ」ができるまでの工程。蝋引きから梱包発送まで約9つの工程がある

①蝋引き(ろうびき)・②より糸づくり

白田のカシミヤは、カシミヤ糸を編める状態に加工するところから始まる。ワインダーと呼ばれる専用の機械にカシミヤ糸と蝋をセットし、糸に蝋をなじませることで編む時の糸の滑りをよくする。その後、同じ機械で糸によりを掛け、糸の強度を高める。

蝋引きとより糸づくりをする機械
蝋引きとより糸づくりをするためのワインダー

蝋引き工程を行う機械
ワインダーのアップ。ピンク色の輪っか状のものが蝋

糸を巻き上げる「コーン」が積まれた様子
糸を巻き上げる芯。コーン、紙管などと呼ばれる

「コーン」に黄色い糸が巻かれた様子
コーンにカシミヤ糸が巻き上げられた状態

③編み立て

手横編み機でニットのパーツを編んでいく工程。
幅およそ1.5mくらいの編み機には無数の針が縦に並んでいて、そこにカシミヤ糸を通したハンドルが付いている。

職人さんがこのハンドルがリズムよく横に滑らせると、シャーっという音と共に一目ずつ編まれてゆき、生地は編み機の下に少しずつ降りていく。

手横編みのコツのひとつは、ハンドルを淀みなく適切なスピードで左右に動かすこと。これによって均一な網目が出来上がる。もう一つは、編まれた生地に適切なテンション(生地の下端に重りを付ける)を掛けること。強すぎず、弱すぎず、生地が下にゆっくりと降りていくようなテンションで編むことで、生地が柔らかく仕上がるのだ。

ニットの設計図をもとに横編み機で編んでいる様子
作業場に通されて最初に聞こえてくるのは、手動式手横編み機の「シャーッ、シャーッ」という音。右のバインダーに挟んであるのはニットの設計図

驚きなのは、針の数を増やしたり減らしたりして生地の幅を調整する作業。例えば袖は、肩から腕にかけて生地の幅が細くなっていく。生地の幅を広くする時には針を増やし、逆に狭くする時には針を減らす。この作業のために、マジックで針に目印が付けられているのだが、この目印も針一本分の目印なので、素人にはもうなんのことやらわからない。職人さんは編んだ長さを頭の中で数えながら、徐々に針を増やしたり減らしたりして生地の幅をするのだ。こういった細かい作業を体で覚えられるようになるまでに5年は掛かるという。

ニットを編む際のガイド付け作業の様子
ニットの幅に合わせて針を上げ下げする時のガイドにするため、マジックで針に目印を付ける

手横編み機の針の様子
手横編み機の針部分。現在工場で稼働している手横編み機は5台で、メインは12ゲージ(1インチ/2.54cmの中に12本の針がある編み機)

④リンキング縫製

生地のパーツが編まれたら、それらを縫製していく。これはリンキングという作業で、専用の縫製機を使う。これがまた細かい作業で、縫い合わせる生地の一目一目を針に差し込み、二枚の生地をループ状に編む、というもの。二枚の生地を重ねて縫い合わせるのではなく、生地の端と端をつなぎ合わせるように縫うことで、縫い目に伸縮性のある、フィット感が抜群のニットに仕上がる。しかも、白田のカシミヤでは縫製の糸にもカシミヤ糸を使うので、着心地が更にふんわりする。

実際、僕は今回の取材前に販売会でカーディガンを試着したのだが、下っ腹の出てきた身体にもぴったりと合って、しかもふんわりとフィットしている感じにびっくりした。

この作業、生地の色が暗いと針に目を通すのが大変らしく、「なるべく黒い色のニットは作らないようにしていて、だいたい4年に1回くらい(笑)」とのこと。

ちなみに現在ではホールガーメントと呼ばれる無縫製の機械もあるため、国内でリンキングができる職人さんが激減している。

青色のニット生地の一目一目を針に通す作業
生地の一目一目を針に通す作業。見ているだけで眉間にシワがよる

生地に針が通った様子
生地の端から少し縫い代を残して針に通していく

生地をループ状に編む様子
二枚の生地を針に通したら同じカシミヤ糸でループ状に編む。こちらの機械も手動式

⑤縮絨(しゅくじゅう)

リンキングをして服の形になった状態で、縮絨という毛織物専用の「洗い」作業を行う。この工程はカシミヤの手触り、風合いが決まるとても繊細な作業のため、信頼できる国内の工場に委託している。白田のカシミヤニット製造工程の中で、唯一の外部委託作業。

⑥ボタン・ネームタグ付け

縮絨から戻ってきたニットに、ボタンやネームタグを縫い付けていく。カシミヤ糸を大切に使い、少しでも無駄にしない、という社長の思いから、縫い糸には生地を編む時に出る余り糸を使う。

工場最年少の小林さん
仕上げ処理をするスタッフ最年少の小林さん(今年21歳)。白田のカシミヤがテレビで紹介されているのを見て就職を決めた

ネームタグを付ける様子
ネームタグを付ける横堀さん。なんと前身の工場から通算51年の在籍! 現在はアルバイトとして勤務し、後進の育成にも励んでいる

ニットの様々な色の余り糸を保存している様子
余り糸も無駄にせず、できる限り使い切る

⑦アイロンがけ

ニットに型を通して蒸気をあて、生地の目と形を整える作業。生地が伸びてしまうため直接アイロンを付けることはせず、生地から離して蒸気をあてる。
手作業が基本のこの作業場で、電気を使う機械は、ワインダー、アイロン、検品用の照明の3つだけ。

ニットにアイロンで蒸気をあてている様子
アイロンを生地から離して蒸気だけをあてる

袖の長さを確認する様子
袖に型を通して蒸気をあて、メジャーを使って一枚一枚長さを確認。サイズを整える繊細な作業

⑧検品

巨大なシェードを持つルームライトのような道具が検品用の照明。細長い方は主に袖、寸胴の方はボディや首回りの検品に使う。シェード部分にニットを通し、目の抜けや縫製が甘い箇所の光の抜けを目視で確認。お直しに出されたニットの虫食いなどもこれで見つける。

ルームライトのような検品用の道具
検品用の道具。通称「盆提灯」

照明のような検品道具にニットを被せ、袖を検品している様子
手前の細い方では袖などを検品

照明のような検品道具にニットを被せ、ボディの検品を行っている様子
奥の照明にはニットをすっぽり被せて、ボディや首回りをチェック

⑨梱包発送

検品作業が終わって、ようやく「商品」として完成。

12名のスタッフのみなさんが、まさに全員野球のような感じで、各々の持ち場で繊細な工程を積み上げていく。

出来上がったニットを見つめる白田さん

白田の色、これからのこと

――販売会でたくさんのニットを見たのですが、ベースに使う糸の色、ボーダーの色の組み合わせなど、色使いがすごく気になりました。青は青でも、見慣れない青だったり。色はどうやって決めているんですか?

白田社長

毎年の色は、この事務所から外の風景を眺めて、そこから受けたインスピレーションで決めています。とはいえ糸の色を染めることはできませんので、まず自然から受けたインスピレーションを元に、100色くらいの糸見本のカラーブックから10〜12色くらいに絞ります。その後、去年、一昨年使った色との組み合わせも考慮に入れて最終的に6色に決めるんですが、この時に一番重視しているのが毎年作っているボーダーの配色です。ライト系とダーク系、2種類のボーダーが編めるように、6色を決めるんです。

完成したボーダーニット。青とグレーのライト系と、黒と水色のダーク系の2着
ライト系(左)とダーク系(右)のボーダーラウンドネックプルオーバー(2018秋冬)。ボーダーの幅や色の並べ方は職人さんに任されているので、ある意味一点物のニット

ポケットやワンポイントで使っている差し色もその年の6色から選んでいます。この6色は言ってみれば白田のカシミヤの歴史なんです。ボディの色と差し色を見れば、いつ作ったニットなのかがわかるようになっています。その年の組み合わせは、その年だけなんです。
たまたま同じになっちゃった、というのはあるんですが、流行りの色とかトレンドを意識したことはないです。だからうちの商品には“流行”がありません。でも、だからこそ、何年経っても着ることのできる商品になっていると思います。

それと、作った商品は3年で売り切る、というルールにしています。セールはしません。3年経って残ってしまったセーターは全部バラしてもう一度糸にします。そしてその糸でまた新しいセーターやバッグ、ストールを編むんです。これがまた、見事に新しい商品に生まれ変わってくれるんです! しかも、材料が限られたリサイクル糸で作るので配色も柄も同じものが作れない。本当の一点ものです。これを「いとをおもい いろをかたる」という新しいブランドにしました。今は2019年の3月からの販売に向けて商品を揃えているところです。

「いとをおもい いろをかたる」のブランドタグ
新しいブランド「いとをおもい いろをかたる」のニット

ピンクや薄紫など淡い色合いのボーダー柄のストール
「いとをおもい いろをかたる」のストール

様々な柄を接ぎ合せたパッチワークトート
「いとをおもい いろをかたる」のパッチワークトート

インタビューに応じる赤津さん
初対面なのになぜか職歴まで話してくださった赤津さん。販売会で全国を飛び回っている

白田社長
手横編みやリンキングという仕事は、育成にとても時間がかかります。当然コストも上がってしまいます。でも実際に着て、感じていただいたように、自動の機械では編み出せない着ごこちや風合いを生み出せます。そしてここまで手仕事でやっているからこそ、自信を持って、責任を持って、メンテナンスもお引き受けできます。
長年愛用していただくことで、お一人お一人の「普段着のカシミヤ」になっていただければ最高です。

白田のカシミヤの工場の様子。所々に写り込むニットの糸が色鮮やか

よく「妥協の“ない”ものづくり」みたいな言い方がある。でも、一定の技術があればごまかしても並みのものは作れてしまうから、そこそこの値段でそこそこ売ろうと思えば、妥協のひとつもしたくなるのが人情だ。

今回、白田のカシミヤを取材して感じたのは、そもそも白田の製造工程が妥協“できない”構造になっているんじゃないか、ということだ。機能を削ぎ落とされた手動の機械や手仕事を主とする繊細な作業の一つ一つが全てごまかすことのできない作業で、どこかでごまかした途端、並みのものはおろか商品として完成しない、そういう工程なのである。

「手仕事だから良い」ではなくて、「手仕事でしか作れないものを作る」ということ。それをスタッフのみなさん全員が共有しているから、50年前の機械を使っていても、出来上がるニットは常に新しく、美しい。

10年後にまた、10年物の青いカーディガンを着て白田のみなさんに会いに行こうと思う。

宮城県での販売会のお知らせ

仙台三越『白田のカシミヤ』販売会

【手しごとで編む 白田のカシミヤ】
2018 Autumn / Winter collection
紳士・婦人商品を取り揃えてお待ちしております。

会期 2018年12月12日(水)~18日(火)
場所 仙台三越 定禅寺通り館1階光の広場
宮城県仙台市青葉区一番町4-8-15
TEL 022-225-7111
営業時間 10:00~19:00

白田のカシミヤ

有限会社シラタ 住所 宮城県加美郡加美町字穴畑53 TEL 0229-63-8055 http://shirata-cashmere.jp/

撮影 三塚比呂

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