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好きなことを、愛するために【後編】

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サウンドアーティスト・Nami Sato インタビュー
好きなことを、愛するために【後編】

 東北を拠点に、独自の音楽活動をつづけるサウンドアーティスト・Nami Sato。自身を“サウンドアーティスト”と名乗るまでを振り返ると、彼女が独自に切り拓いてきた一本の道が見えてくる。現在29歳の彼女は、どんな原風景を持ち、なにと向き合い、表現してきたのか。そして、その先にどんな景色を描こうとしているのか。
 前編・後編のインタビューから、その歩みをたどります。

Feb 26, 2020   

サウンドアーティスト・Nami Sato インタビュー
好きなことを、愛するために【後編】

©Dan Wilton 

サウンドアーティスト・Nami Sato インタビュー好きなことを、愛するために【前編】

凝縮された時間 /
「これしかできない」という気づき

―― ベルリンでの日々は、Namiさんになにをもたらしましたか?

ベルリン行きのチャンスを掴めたのは「Red Bull Music Academy 2018 Berlin」(以下、RBMA)に参加できたからです。詳しいことは、BGMでも以前、記事にしていただきました
二週間のRBMAでのレジデンスで、最初の一週間は英語ができない自分を責めすぎて、ここでもまたずっとひとりでした。誰にも話し掛けることができないし、誰も話し掛けてこないから「コイツはなにができるの?」って周りの人たちも怪訝な感じで。スタジオが8つくらいあるんですけど争奪戦で、「わたしここ使うから!」「わたしはここ!」ってグイグイいかないとスタジオも使えない。「えっ? えっ? って。うう……できない!」って泣いてるうちに一週間終わっちゃって。でも一週間経ったときにパフォーマンスの機会があって、そのときにもうすべてががらっと変わりました。みんなの反応も変わって、「何やってたんだよ今まで!」って寄ってきてくれて。自分の音楽を信じてきてよかったって思って、それがすごく自信になりましたね。音楽は、わたしの言語のひとつなんだって思えた。


©Dan Wilton/ Red Bull Content Pool 

あと、これはすごく不思議な話に聞こえるかもしれないけど、すごい景色を見たんです。RBMAのアフターパーティーで、クラブを貸し切ってのオープンイベントがあった日のこと。そこで、わたし べろべろに酔っ払ってたんですよ。もうなにを何杯飲んだのかまったく覚えていないくらい。疲れてもいたし、明け方近くに、フロアを抜けてトイレに行こうとしたら、廊下が真っ暗で。寝転がってる人とかがいて、酔っ払っているから方向感覚がなくなって「わたし、どこから来たんだろう」って、なんか根源的な問いまで浮かんできて。「なんでここにいるんだろう?」「 わたしはいったい誰なんだろう?」みたいな。で、そのときに遠くのほうで光が漏れてキラキラしてて音楽が鳴ってたんですよ。で、「あ!あっちだ!」と思って、その光の方向にふわって歩いていったときに、「あっそうだ。わたしの場所は、ここだ。音楽がわたしの居場所だ」って思っちゃった。なにかに打たれたような感覚があったんです。わたしには「これ(音楽)しかできない」って、消去法のように聞こえるかもしれないけど、そうじゃなくて、素直にそう思えたんです。そこから、“サウンドアーティスト”を名乗る覚悟が芽生えた。

ベルリンでの二週間を今、改めて思い返すと、最初の一週間は、子どもの頃みたいだった。言葉を流暢に使えなくて、自分の思っていることをみんなに伝えられない。誰にも言葉が通じない、誰ともチャンネルが合わなくて、誰ともコミュニケーションがとれない。「どうしてわたしだけこうなんだ」って思っていた小学生の頃の自分に戻ったみたいで。でも、音楽を通して、ああ楽しいなって解放された高校生の頃のライブハウスでの日々を、パフォーマンスのときに思い出して。たった二週間の出来事のなかに、今までの28年間がぎゅんっ! みたいな。笑


©Naoki Hamada 
 

コントロールを外し、委ねる

―― 現在は、どのようなスタイルで制作をしていますか?

2019年の6月に、『OUR MAP HERE』というアルバムをロンドンのレーベル〈The Ambient Zone〉からリリースしました。

もともとこれは、「せんだい3.11メモリアル交流館」の企画展「みんなでつくるここの地図」のためにつくった曲なんです。震災を経験した土地でフィールドレコーディングをやってそこから曲をつくっていきました。たとえば、若林区の三本塚で、ずんだ餅づくりのイベントがあって、そこで録音した音からビートとメロディをつくったりしました。それをやってて気づいたのが、「わたし、人めっちゃ好きだな」と。これまでは、音楽しか好きじゃないと思ってたんですけど、自分で思ってるよりも、人が好きだということに気づいて。あと、フィールドレコーディングをすると世界と関わることになるし、関わりしろがある 。スタジオにひとりでこもって音楽をつくるときと違って、もっとフィジカルだし、自動的に制約もできるし、音と対話して生まれるものがおもしろかったり。制約のなかや、コントロールできないものに委ねることで音楽をつくることが、むしろ自由につながっていくことの発見は大きいです。


©Naoki Hamada 
 

音楽への深い愛

―― これからのことを聞かせてください

今年は、ハンガリーの「OzoraFestival」に出演したりとかいろいろありますが、まずここから先の5年くらいの目標はヨーロッパツアーをやってちゃんと集客できるアーティストになることです。それから、「GLASTONBURY」にも出たい。で、なぜそう思うかというと、やっぱり仙台になにか持ち帰ってきたいし、ハブ(繋ぎ手)になりたいからなんです。

あと、わたしのやっているDAW(コンピューターを用いた音楽制作機器)の音楽とかエレクトロニックミュージックを、女の子に教えられるようになりたくて 。なぜかと言うと、ベルリンで、RBMAの参加者にフェミニズムの勉強をしながら音楽活動をしてる子がいて、彼女とはじめて話をしたときに、「あなたの街には女性のプロデューサーが何人いるの?」って聞かれて。プロデューサーって、プロダクトする人だから、わたしみたいな音楽をつくるトラックメイカーも指すんですけど、「いない」と思って。思いつかなかったんですよ、そのとき。もしかしたらわたしが知らないだけかもしれませんが、顔の見える範囲では思いつかない。男性しかいないんですよね。クラブ界隈も圧倒的に男性の方が多いので。それで、ベルリンから帰ってきて思ったのは、もし、わたしと同じように音楽がすごい好きだけど、クラシックミュージックは合わない、違和感があるとか思っている中学生とか高校生の女の子に「こういう音楽もあるよ、こんな曲のつくり方もあるよ」って教えられるような、女の子に対してそういうチャンスを与えられるような人になりたいな」って。


©Dan Wilton / Red Bull Content Pool 
最近、こういうことを口にすると、“アクティビスト”とか“フェミニスト”だと思われるんですよ。震災のあとも、“震災の人”みたいにカテゴライズされて。自分では、そういう風に思われることも含めて受け止めているつもりなので、別にいいんですけど。でも、その前にめちゃくちゃ音楽が好きなんですよ。社会や人に関わるすーごい前に、音楽めっちゃ好きっていうのはあるんですよね。音楽への深い愛はつねに伝えていきたいし、それこそがわたしを動かしていると思います。

©Naoki Hamada 
【インタビュー後記】
いまでこそ、自身の仕事を“サウンドアーティスト”と名乗るようになった彼女だが、それまでの道のりは決して単純なものではなかった。大学在学中に経験した3月11日の東日本大震災は、彼女の故郷を奪っただけでなく、彼女に現実の厳しさを突きつけた。しかし、そこから彼女が見つけたのは、ずっと置き去りにしてきた在りし日の自分—―好きなものを好きと真っ直ぐに信じられる自分—―だった。一度、大きな喪失を経験した彼女は、岐路に立つたびに、自分自身と向き合い、直感と音楽への愛を灯火にして自分でしか歩めない道を歩んできた。そして彼女は今、後ろを振り向きながら、手招いている。その目には、これから同じような道を歩もうとしているあなたたちが映っている。(清水チナツ)

サウンドアーティスト・Nami Sato インタビュー好きなことを、愛するために【前編】
 

佐藤那美 / Nami Sato

サウンドアーティスト。1990年生まれ。宮城県仙台市荒浜にて育つ。活動拠点を仙台に置き、フィールドレコーディング、エレクトロニカ、アンビエント、ストリングスなどのサウンドを取り入れた楽曲を制作している。東日本大震災をきっかけに音楽制作を本格的にはじめ、2011年ミュージシャン七尾旅人主催のDIY HEARTSにてミニアルバムを発表。2013年震災で失われた故郷の再構築を試みたアルバム『ARAHAMA callings』を配信リリース。2018年“Red Bull Music Academy 2018 Berlin”に日本代表として選出。2019年ロンドンを拠点とするレーベルTHE AMBIENT ZONEよりEP『OUR MAP HERE』をリリース。2020年には、ハンガリーの“Ozora Festival”に参加予定。

撮影 濱田直樹

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