ゼリーだけじゃない! 七変化素材・ゼラチンあのゼラチンパウダー、宮城で作ってるんです!
人の心を動かす優れた仕事をしている方にお話を聞く特集 “お仕事の極み”
看板商品「ゼライス」を手に、北島さん(左)と森さん(右)
正体は動物由来のコラーゲン
ピンクとゴールドを基調としたパッケージ。キッチンに常備している家庭も多いのでは。ゼライス社の看板商品「ゼライス」は70年近いロングセラーを誇る家庭用ゼラチンパウダーです。
皆さんはゼラチンが何からできているかご存知ですか。まずは、同社で商品開発を担当する森美和(よしかず)さんに教わったゼラチンの基礎知識を。
ゼラチンは、牛や豚、魚から取り出したコラーゲンから抽出するもので、主な成分はタンパク質。「煮魚を冷蔵庫に一晩入れておくと煮汁がゼリー状になるのは、魚に含まれるコラーゲンがゼラチンになったものです」と聞いて納得。近年コラーゲンの有効成分が注目され、積極的に摂ろうとゼラチンを飲み物などに混ぜて使う人も増えているそう。ちなみに、同じようにゼリーの材料となる寒天はテングサなどの海藻から作られ、主成分は食物繊維です。
「ゼライスの家庭での使い方をもっと提案していきたい」と森さん
ゼラチンの最大の特長は、冷やすと固まり温めると液体に戻ることを自在に行き来できること。これを「熱可逆性」と言います。
他にも、保水性、弾力性、乳化性、ゲル化性など実に多くの特性があります。これらを生かし、食用以外にも薬のカプセルなどの医薬用、フィルムの現像に欠かせない写真用、接着性などを活用した工業用と、挙げきれないほど幅広い領域で利用されています。中でも面白いのは「アーティスティックスイミング(シンクロナイズドスイミング)の髪のセット」。冷たい水中ではしっかりキープし、お湯ですっきり流すことができ、しかも無害でプールを汚さないため重宝されているそう。一糸乱れぬ演技をゼラチンが陰で支えているのですね。まさに変幻自在、目立たずとも生活のさまざまなシーンで活躍しています。
ルーツは世界初の快挙
同社の創業は1941年、世界で初めて鯨からゼラチンを作ったことに始まります。なぜ鯨だったのか。
総務部次長の北島一浩さんによれば、同社のルーツは石巻で捕鯨関連事業などを営んでいた稲井善八商店。地元は捕鯨で栄える一方、商品にならない部分の海への廃棄が環境問題になっていました。なんとか有効に活用できないかと研究を重ねた末、現在の東北大学と共同で見事ゼラチンの製造に成功(現在は鯨由来のゼラチンは製造していません)。「独創性とチャレンジ精神で、地域の課題を解決しようとしたんだと思います」と北島さんは話します。
「震災直後に雇用確保を明言した経営陣を今も誇りに思います」と北島さん
工業用、写真用から食用、医薬用と商品を多様化させる中で、1953年に「ゼライス」を発売。手軽におしゃれなデザートが作れるとあって、各家庭に急速に普及しました。
温かい液体に直接振り入れて溶かすことができるようになったのは2003年の改良以降で、それ以前はムラができやすく、事前に少量の水でふやかすひと手間が必要でした。森さんは「新商品の開発だけでなく、今ある商品をよりよくすることも大切な仕事です」と話します。以降も品質改良を重ね、同じパッケージでも「より溶けやすく」進化させたそう。
時代とともにパッケージデザインも変化。左端が発売初期、右端は現在のもの
業界一でないと
意味がない!
技術畑一筋の森さんが忘れられない仕事、それは食品業務用ゼラチン「A-Uアルファ」の開発です。
作りたかったのは「どの社よりも圧倒的に溶けやすいゼラチン」。業務用顆粒ゼラチンへの参入が後発だった同社は、ノウハウ不足や他社が保有する特許権の壁に苦しみます。
文献を読み込み、地道に試作と検証を繰り返して完成させ、いよいよ生産へと意気込むと今度は、工場からの反発を受けました。「実際、工場にはかなりの負担を強いる製造方法だったんで……」と苦笑いする森さん。
折り合えなくても諦めず、粘り強く説得を重ねたのは、品質を一切妥協するつもりがなかったから。最後の口説き文句は「業界一でなければ作る意味がないんです!」。この熱い思いについに現場が応え、2009年、開発陣がまさに業界トップを自負する品質を実現してリリース。後発ながらぐんぐんシェアを伸ばしました。創業以来受け継がれた研究者魂のたまものです。
コラーゲンを用いたサプリメントや化粧品など幅広い商品を開発・製造する
復興は「ゼライス」から
東日本大震災が起きたのは、A-Uアルファの販売が軌道に乗り始めた矢先。仙台港に近い本社を床上2m30cmの津波が襲い、工場の機能は完全に停止しました。
「幸い人的被害がなく、すぐに復旧に向けて動き出しました」と北島さん。社が間髪入れず「全員の雇用を守る」と方針を打ち出したことで、従業員は惨状を目の当たりにしてもくじけなかったといいます。「頑張ろうと奮い立った。皆が一丸となりました」。
最初の闘いは大量に海水を吸って膨張したゼラチンの除去でした。管理職も研究者も、肩書きにかかわらず全員が泥かきやがれき撤去に奮闘。5月に本社機能を復活、6月には「ゼライス」の出荷にこぎ着けました。真っ先にゼライスのラインを動かしたのには理由があります。
「『ゼライスを待ってます』と全国から手紙をいただいたり、SNSで『ゼライスが売ってない。もしかして被災したの?』なんていう書き込みを見たりしたんです」と北島さん。「一般のお客様に直結する商品で、復興のメッセージを届けたい。そしてゼライスは宮城県多賀城市のメーカーだ、と皆さんに知っていただきたかったのです」。
多賀城市にある本社工場(写真提供:ゼライス株式会社)
ゼライス社が目指すもの
2020年1月、同社はリブランディングを発表しました。「10年後のゼライス社」を徹底的に議論、具現化する2年がかりのプロジェクトでした。
ワークショップで自社の弱点を洗い出すと「風通しが良くない」「他部署の仕事を知らない」という声が目立ったそう。これらの反省から「それぞれが混ざり合い、心の花が開く」というビジョンを導き出しました。4つの心の花を表現したロゴマーク(写真①)は、花びらのようで、これから花開いていく会社を想起させ、それぞれ「伝統・知見・先進・貢献」を表します。「花びらは、実はゼラチンの形にも似てるんですよ」と笑顔の森さん。「会社全体を混ぜて開こう、という思いを込めました」。
社員の熱い思いを落とし込み、新しく生まれたロゴマーク(写真①)(写真提供:ゼライス株式会社)
10年後のゼライスへ向けて「地域貢献」「お客様を大切にする」「社員の満足度向上」の3つのテーマも掲げました。宮城の特産果物を生かしたゼリーの開発、本社内で将来的には体験教室なども行えるよう計画しているコミュニティホールの設置、社員の勤務時間の削減や資格手当の支給など、すでに具体的な動きにつながっています。「社員たち自身がやり遂げたリブランディングだから納得するし、社の方針に誇りを持てます」と森さん。
山元町のイチゴ、加美郡のリンゴ、利府町の梨、柴田町の柚子を使ったゼリーは、お中元の人気商品(写真提供:ゼライス株式会社)
最後に北島さんから若い世代へメッセージをお願いすると「コロナ禍で行動に制限がある今こそ、工夫や挑戦のしがいがある。視野を広げて、できることを見つけよう」と話してくれました。
採用担当の視点として、面接時は「きれいな受け答えより、自分の言葉で話せるかどうか」を見るといいます。「実際の仕事現場にほしいのは、自分の頭で考えて動ける人と考えています」。今ある形にとらわれず、状況に応じて柔軟に判断し行動できる人……形も働きも七変化のゼラチンに、どこか似てるかも。
本社1階のコミュニティホールには、会社の歴史やゼラチンの豆知識をパネルで展示。楽しく学ぶことができる
ゼライスの社員さんにお話を聞きました
徳田礼枝(よしえ)さん(1998年 入社)
テクニカルセンター商品開発グループ主任
中級食品表示診断士、NR・サプリメントアドバイザー
商品開発や研究に携わっています。地味な作業の積み重ねが新しい発見につながるのは面白いし、やりがいがあります。
家庭では三つ子の子育て中。子どもが小さい頃は毎日大忙しでしたが、同僚の温かいサポートのおかげで続けてこられました。職場の制度も充実しているし、育児と仕事を両立している先輩が多く頼りになります。
《おすすめレシピ》くるみババロア
4~5人分
- くるみパウダー……40g
- 牛乳……160g
- ブランデー……小さじ2杯
- ゼライスゼラチンパウダー……5g
- 水……25g
- 生クリーム……85g
- グラニュー糖……大さじ2杯
前準備
くるみパウダーは加熱してからご使用ください(ローストされているものは加熱の必要はありません)
- 水にゼライスを加え、ふやかしておく
- くるみパウダーと牛乳を少量ずつ加えながらなめらかになるまで混ぜる
- ふやかしたゼライスを40~50℃に加温して溶かし、残りの牛乳とブランデーを加えて混ぜ合わせる
- 3のボールの底を氷水にあてて冷やしながら混ぜる(とろみがつく程度)
- 生クリームにグラニュー糖を加え、7 分立てに泡立てる
- 4と5を混ぜ合わせ、器に流し入れ冷蔵庫で冷やし固める
※こちらの記事は、2020年10月31日河北新報朝刊に掲載されました。
●ゼライス株式会社
1941年創業。宮城県多賀城市本社。家庭用ゼラチンパウダー「ゼライス」や、食用・医薬用・工業用等各種ゼラチン等の製造および販売などを手掛ける。2020年にブランドをリニューアルし、より地域、お客様、社員に喜ばれる企業を目指す。 https://www.jellice.com/
撮影 Harty(川島 啓司)
※この記事の取材・撮影は新型コロナウイルス感染防止対策を徹底し行いました。