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目指せ、ホップでソーシャルファーム

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石巻ファームの従業員の皆さん

一般社団法人 イシノマキ・ファーム/
目指せ、ホップでソーシャルファーム

 「ソーシャルファーム」とは、障がいのある人もない人も、うつ病やひきこもりなど社会的に弱い立場にある人も、みんな一緒に働く仕組み。その実現を目指して農業に取り組む一般社団法人イシノマキ・ファームの代表・高橋由佳さんに話を聞きました。
 同法人には、何人もの若者が県外から移住し入社していることから、「若者を惹きつける魅力」も探ってきました。

Nov 30, 2020       

人の心を動かす優れた仕事をしている方にお話を聞く特集 “お仕事の極み”
「ごちゃまぜ」でいこう目指せ、ホップでソーシャルファーム

 

農は人をリカバリする

 イシノマキ・ファームはホップ栽培を中心とする「農業」、心身の不調などを抱える人の就労をサポートする「中間的就労」、滞在型の農業体験プログラムを提供する「ファームステイ」が主な事業です。また行政からの委託で「石巻市農業担い手センター」を運営し、新規就農を志す若者や人手不足に悩む農家のサポートも行います。

 代表の高橋由佳さんは仙台市出身。2011年に障がい者の就労支援を行う「NPO法人Switch」を立ち上げました。東日本大震災後、石巻で子どもの不登校やひきこもりが激増していることを知ると、13年には高校生や若者に就学・就労のサポートと心のケアを行う「石巻NOTE」を設立。あるとき地元の農家から「農地を使っていいよ」と声を掛けられ、石巻NOTEの活動の一環で農業体験を始めました。せっかくなら、と仮設住宅で慣れない暮らしを強いられている高齢者らも誘ったそう。すると経験も年齢も関係なく、ひきこもりの若者でさえ、農地では誰もがとびっきりの笑顔を見せました。「農には人をリカバリする力がある」と確信した高橋さんは、農業に特化した就労支援事業の立ち上げを決意。16年8月にイシノマキ・ファームを設立しました。

イシノマキ・ファームの高橋代表「地域の人がすごく助けてくれるの。ありがたいです」と話す高橋代表
 

福祉の枠を超えて

 まずは拠点が必要でした。石巻中を探し回り、北上川の河口に近い北上地区に建つ築130年の古民家に出合います。津波の被害と高齢化の影響で周囲に耕作放棄地が多いのは、むしろ利点と思い農地としての活用を見込みました。建物は大規模にリフォームし「Village AOYA」と名付け宿泊もできる施設にしました。完成すると高橋さんは、近所の住人を招き料理を振る舞って、事務所のお披露目と事業の紹介をします。最初は新入りの住人に戸惑い気味だった地域の人たちも、二度、三度と招かれるうちにお酒や漬け物を持ってやってくるようになったそう。体当たりで地域の懐に飛び込んだ高橋さんは、ここを拠点に活動を開始します。

薄い青色屋根の「Village AOYA」事務所とファームステイ施設を兼ねる「Village AOYA」

「Village AOYA」のロゴ「AOYA」は屋根の薄青色と、農家から連想する「八百屋」をもじってネーミング

 目指すのは「ソーシャルファーム」。障がいのある人や不登校、ひきこもりなど、いわゆる社会的弱者がそうでない人と一緒に働き、きちんと労働対価を得る場を作りたい。誰が障がいや心の不調を抱えているか一見分からない「ごちゃまぜ」の活動をしたい。「支援を福祉の枠組みで捉えない。農業ならそれが可能」と高橋さんは考えます。「それまでの活動で社会に役立たない人なんていないと知っていたから、不安はありませんでした」。

「Village AOYA」の屋内の様子間仕切りを取り払い、床を張り替えてリフォームした内部(写真提供:一般社団法人 イシノマキ・ファーム)
 

ホップで雇用を生む

ホップが実った様子

 現在は最初のステップとして「中間的就労」の形式で運営しています。利用者は毎週1回、ホップ栽培などの作業を行います。スタッフだけでなく、地域の農家や住人が一緒に畑に出ることも多いそう。「皆さん驚くほど教え方が上手」とうれしそうに話す高橋さん。「ゆっくりの子にはゆっくりと、緊張している子には何度でも根気よく手ほどきしてくれる。まったく先入観がなく、ごく自然なんです」。これこそソーシャルファームの理念といえます。

青々としたホップ畑の前でイシノマキ・ファームのメンバーの皆さんの集合写真ホップ畑にて、イシノマキ・ファームのメンバーのみなさん( 写真提供:一般社団法人 イシノマキ・ファーム)

 高橋さんが最初に決めたのは、利用者に日当を支払うこと。苦労して費用を捻出してでも報酬にこだわるのは「就労への動機づけ」のためです。自分の仕事が第三者に認められたしるしや、もらったお金で家族にお土産を買えること、貯金ができることなどが就労意欲につながります。長くひきこもり生活をしていた若者が「母の笑顔を何年ぶりかで見た。働きたいと思った」と話したこともあったそう。他の事業も含めて収益性を高め、来年度以降ホップ栽培での雇用を目標に掲げています。

 

商品開発もカフェも

 ホップとの出合いは、知り合いから「宮城でホップを栽培してくれる人を探しているのだけど、やってみない?」と誘いを受けたのがきっかけでした。

 ホップは苦みや香りのもととなるビールの主原料。国内の生産量は少ないものの、クラフトビールブームの影響もあり近年注目されています。ツルの誘引(上へ伸びるよう支柱に沿わせること)や芽かき(脇芽を摘むこと)、草取りなどシンプルな作業が多い点はソーシャルファームに向くと考えました。手摘みで収穫する楽しさは、体験会で地域外から人を呼び込めるはず。高さ5~6mにも伸びるグリーンカーテンは、荒れた農地が増えた北上地域の風景を美しく変えるでしょう。

ホップの栽培の様子

 収穫したホップは岩手県の酒造に醸造を委託し、17年に「巻風エール」としてデビュー。他に京都や仙台の醸造所ともコラボが実現しました。さらに、ホップに含まれる成分は安眠やリラックスに作用するといわれ、ハーブと同様に使えることに注目。ホップ入りハーブティーやホップソルト、ホップアイスなど加工品の開発にも乗り出し、6次産業化を見据えます。10月には渡波地区に巻風エールの生ビールやファームの野菜を使った料理を提供する「I-HOPカフェ」をオープンしました。

イシノマキ・ファームで採れたホップで作ったクラフトビール「巻風ファーム」「震災後全国からもらったエールを、今度は石巻の風に乗せて届けたい」という思いを込めた「巻風エール」

 ホップの使い道が広がり需要が増えれば、生産量を増やして石巻の特産品に育てることができる。雇用や若者の活躍の場が生まれ、UIJターンを促進できる。高橋さんはそんな未来を思い描きます。

 

若者を惹きつける魅力とは

 障がい者支援に始まり、生きづらさを抱える若者や社会のレールからこぼれた人を「働くこと」を通してサポートする高橋さん。軽やかに周囲を巻き込み「ごちゃまぜがいいじゃない」と言ってのける人柄は、エネルギーを秘めた若者らを引き寄せました。18年に入った加納実久さんもその一人。

 愛知県出身の加納さんは復興ボランティアとして11年に石巻入り。活動終了後も就職して石巻にとどまり、まちづくりや高校生のキャリア支援に携わりました。その後一旦地元へ戻るも高橋さんの誘いに「やっぱり石巻で働きたくて出戻りました」とのこと。「ビールが好き、ホップに興味がある、石巻の魅力をもっと発信したい、じゃあ一緒にやる!っていう勢いでイシノマキ・ファームに入社しました」。農業担い手センターの企画や広報を担当、カフェ運営にも関わります。「代表が引き寄せたタネをやりたいスタッフが発芽させ自由に育てる、みたいな感じ」と表現する職場には、まさに高橋さんの願う「若者の活躍の場」が生まれています。

緑のTシャツ姿でインタビューにこたえる加納さん「石巻はやりたいことが形になる街」と加納さん

 I-HOPカフェは、地元の家具メーカー、石巻工房のショールームを兼ねた施設の中に店を構えました。「空間作りも食材もオール石巻。ここに地元の若い世代が夢を持ち寄って発信できれば」と加納さん。以前の活動の経験から「高校生が地元の魅力に気づいたり、素敵な大人に出会ったりする場でもあってほしい」と話します。20年産ホップの生ビールは11月下旬から提供とのことで取材時には飲めずじまい、また来なくては!

イシノマキ・ファームが行う「I-HOPカフェ」が入る石巻ホームベースの外観。バルコニー、ウッドデッキが構えるI-HOPカフェが入る「石巻ホームベース」

天井が高い-HOPカフェ店内の様子I-HOPカフェ店内の様子。洗練されたデザインの家具は石巻工房の製作
 

イシノマキ・ファームのスタッフさんに話を聞きました

就農の夢を伴走サポート

イシノマキ・ファームの石牧紘汰さん

石牧紘汰さん

 横浜市出身です。東京の大学で心理学を学びながら、福島県矢祭町で4年間農業のボランティアをしました。原発事故の影響による風評被害から這い上がろうとする人々の強さを肌で感じ「農家ってかっこいい」と憧れたのが、農業に関心を持ったきっかけです。

 大学卒業後、企業に就職しましたが、地方で農業をする夢が諦めきれませんでした。求人サイトでイシノマキ・ファームを知り「これだ!」と即決。就労支援事業で、学んだ心理学も活かせるのではと思いました。高橋代表はバイタリティの塊、ついていきたくなる人です。

 現在の仕事は、石巻市の受託事業である「担い手センター」のコーディネーターです。後継者や人手不足に悩む農家と就農希望者のマッチングや、農業で起業したい人の支援を行います。「有機農家になりたい」「羊の飼育をしたい」など、さまざまな夢をサポートすることはやりがいがあるし、面白いですね。

 太平洋を一望できる一軒家に暮らしています。月が海を照らす情景は感動的。庭にキツネやカモシカもよくやってきます。自然の中で暮らすと五感が開かれ、研ぎ澄まされるのが心地良いです。これからの目標は石巻、特に北上地域を元気にして、注目してもらうこと。若者の働く場を作って、人を呼び込みたいです。

地方暮らしの幸せ伝えたい

イシノマキ・ファームの池田新平さん

池田新平さん

 東京で満員電車に揺られ長時間労働に消耗する毎日に疑問を抱き、地方で暮らしたいと考えました。以前妻と旅行で来て見た、北上川のヨシ原と田んぼの景色の美しさを思い出し、移住先は石巻に決定。まさにその場所にイシノマキ・ファームがあったんです(笑)。今は家族の時間をたっぷり取れて、穏やかな幸せを噛み締めています。

 将来、世界的な食糧危機が起きるといわれる中、日本の食料自給率は未だに低水準。子や孫の世代が幸せに生きていくためには、農業はとても大切だし自分も関わりたいと思いました。実際に作物を作ってみると農家の苦労を実感しますが、収穫の喜びもひとしお。耕作放棄地を私たちが農地に変えることで景観がきれいになったり、地域の方々が元気になったりしてくれることも、うれしいです。

 今、都会で疲れている人に、地方で暮らすという選択肢を伝えたいです。自給的な農業とそれ以外の仕事を組み合わせる、いわゆる「半農半x」は、生活コストを下げて少しの収入で暮らすことができ、自由時間も増えます。自分が作る野菜と誰かが釣った魚の物々交換など、都会では考えられない、地方ならではの豊かな生活ができると考えています。この生活でハッピーになる人が、潜在的に多くいると思います。

●一般社団法人 イシノマキ・ファーム

 2016年設立。宮城県石巻市を拠点に、ホップ・野菜栽培、中間的就労、滞在型の農業体験プログラムの提供を主な事業として展開している。 https://www.ishinomaki-farm.com

※こちらの記事は、2020年11月30日河北新報朝刊に掲載されました。

撮影 Pontic Design Office(渡邉 樹恵子)
※この記事の取材・撮影は新型コロナウイルス感染防止対策を徹底し行いました。

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