板垣さんの料理人としての出発点とオーナーシェフとしての軌跡、そしてヴァン・ナチュールとの出会いまでを聞く前編はこちらから。
「ぶどうだけのワインを探そう」。
その好奇心の先にあったもの
ライター佐藤(以下:佐藤)
醸造家・大岡弘武さんのワインとの出会いから探し始めた「ぶどうだけのワイン」。その時の成果はどうだったのでしょうか?
『BATONS』オーナー板垣卓也さん(以下:板垣)
キーマンだったのは、酒屋『吉岡屋』の吉田修さん。彼は東北では相当に早くからナチュラルワインにハマっていて、でも買ってくれる人がいないから倉庫にたくさん眠らせていたんです。それを聞いて、「飲みたい!」って言ったら、片っ端から試飲させてくれて。それが、2004年から2005年にかけてぐらいだったかな。どのワインも、驚くほどに個性的。でも、だからこそ、自分の店のワインリストの中心に据えるまでには少し時間が掛かりました。ワインが酸素不足になって発生する還元香を有するものも多くて、この一般的にはネガティブとされるこの香りや、自分が感じた“何だこれ”という衝撃を、ポジティブな個性として受け入れてもらうための自信が、まだ自分には足りなかったんです。
佐藤
その後、『カフェ・エ・クレープリーノート』はガレットと自然派ワインの店として広く認知されるまでになりましたね。
板垣
2006年のオープン時から徐々に増やして、2008年頃にはリストのほとんどがヴァン・ナチュールでした。最初は、今よりももっとやわらかく、「ビオワイン」という言い方もしていたんです。そしたら、大岡さんからお叱りのメールが来た。「板垣さんのやろうとしていることは、“自然派”でしょうが。なぜそんなビオワインなどという曖昧な言葉をあなたが使わねばならないのか」と。その言葉に後押しされて、自分で自分の逃げ場をなくしました。その言葉を使うからには、後戻りはできない。大きな覚悟です。
ヴァン・ナチュール、ナチュラルワイン、ビオワイン、そして自然派ワイン。いろいろな呼び方があるけれど、まだまだ曖昧に提供されています。一般的には、ビオワインは「ビオディナミ」「ビオロジック」という有機農法によって栽培されたぶどうを使ったワイン。ナチュラルワインとヴァン・ナチュールはほぼ同義で、醸造の過程においても添加物をほとんど使用せずにつくったワイン。そして自然派ワインは、「派」という言葉が示す通り、人に重点を置いて語るもの。僕自身は、「野生酵母で醸造していて、酸化防止剤の添加を極限まで少なくしようとしている、もしくはゼロにしているワイン」かつ「造り手さんの哲学や思いに共感できるワイン」を自然派のワインと呼んでいるつもりです。
でも実際には、有機栽培のぶどうを使ってさえいれば自然派、と名乗っているものもたくさんある。酵母や糖、酸化防止剤の使用には言及しないものも、自然派と呼ばれ流通してしまっている。そううたえば、売れるから。本当の意味での自然派が売れずに、都合のいいように解釈してラベリングした自然派が売れてしまう。それは、レストランにおけるオリジンとフォロワーの関係と全く同じでした。でも、だからこそ、最終的に残るのは、やっぱり頑固につくっている本物のワイン。それを信じていたし、信じていたからこそ、今のかたちがあると思っています。
3月11日には「vin de MICHINOKU 2017」のリリースパーティーを松島町のイタリア食堂『Toto』にて開催
震災をきっかけに生まれた、繋がりと思い
佐藤
2012年に「あと10年で今の会社は解散する」と宣言したそうですが、それは「今のかたち」を見越した上でのことだったのですか?
板垣
うん。やはり、東日本大震災が大きかったですよね。震災というものが起こり、そのせいで、というかそのおかげというか、現在に繋がるたくさんの出会いが、あの時から始まりました。東北6県のぶどうを使って、無添加でつくるワイン「vin de MICHINOKU」の醸造や、“つながることの大切さ”をテーマにみんなでワインを楽しむ「満月ワインバー」など。失ったものも多かったけれど、震災によってもたらされたものも、確かにあったのです。
震災4日目くらいかな。インポーターの友人から「卓ちゃん、なにやってる?」と電話が来た。「いやー、炊き出しくらいしかできなくて」と言ったら、「うん、そうだと思った。口座番号教えて。どうせ自分のところの持ち出しでやっているんでしょう? そんなことさせないから」って。翌日には、僕の口座に10万円が振り込まれていた。それからしばらく沿岸部への炊き出しをしていていたら、今度は100万円。ものすごくありがたかったですね。3軒の店で売り場や仕込み場を分担しながら、延々と炊き出しをし、完全に震災前の状態の営業に戻すまでには1カ月半かかりました。全国からたくさんの援助を頂いたけれど、会社全体としてはやっぱり赤字で、この時にだいぶ大きな借金をしました。
店を経営する、ということは、自分自身とスタッフを養っていくということ。そして、間接的には、スタッフの家族をも養っているという自覚を持つことだと思うんです。そのこと自体は、全く苦痛じゃなかった。でも、震災後、その責任ばかりを考えるようになってしまった。自分がやりたいことよりも、スタッフを養っていくためにはどうするのが一番いいか、と考えるようになっちゃったんです。そして、それがしばらく続いたのちに、「僕、こういう人間じゃないな」と思い始めるわけですよ。「僕は、やりたいことをやる。自分が正しいと思うことをするだけだ」。だから、たった一人の自分に戻って、新しいことを始めよう、と決めたんです。
佐藤
そうして生まれたのが、現在の『BATONS』ですね。
板垣
10年くらい前に、パリで訪れたカーヴ・ア・マンジェが、ずっと心に残っていました。カーヴ・ア・マンジェというのは、小さな食堂の奥にセラーがあって、そこでワインも売っている業態。あくまでもワインを主体としたそのスタイルに、“こういうかたちでやれたらいいな”という思いを抱いていたんです。まあ、『BATONS』がここまでガッツリな卸屋さんになるとは思ってもいなかったですけど(笑)。自分が酒屋をやる一番の目的は、飲む人に生産者のファンになってもらうこと。そのために、これまで料理人として、レストランオーナーとして自然派ワインを経験してきたからこそできることもたくさんあります。
例えば、商品の紹介文やコメント。酸化防止剤などを添加しない自然派ワインは、生きているワイン。だから、瓶の中でも刻一刻と味わいが変化します。なのに、商品が入ってきた当時と数年後とで同じコメントを貼り付けている酒屋も多い。でも、それでは自然派ワインの本当の魅力は伝わらないと思うんです。
そして、一般的なワインのほとんどが、抜栓後は時間が経つとともにおいしさが逓減していくのに対し、自然派ワインはワインによって変化が様々。数日後に突如おいしさが盛り返す、あるいは別種のおいしさが現れるものもある。それを経験しているから、お客さんへの進め方も他店とは異なってきます。
1日で飲み切るのなら、抜栓してすぐが一番おいしい、瞬発力のあるものを。2、3日かけて楽しむのなら、「おっ」と思えるようなおもしろい変化をするものを。これは、飲食店の方にとっても非常に有用な情報。自分が今まで飲食店の店主として酒屋さんと付き合っていて、「ああだったらよかったな、こうだったらよかったな」と思っていたことを実践しているだけなんですけどね。
『BATONS』のフロアの左手にあるカーヴでは、板垣さんが愛するワインたちが目覚めの時を待っている。評論家やソムリエの格付け、特級・一級といった畑のランク付けとは一切関係のない、無二のラインアップ
自然派ワインへの愛が、店の原動力
佐藤
今では、仙台はもちろん、全国の飲食店からも「『BATONS』のワインが欲しい」と声が掛かる存在になりました。
板垣
お断りすることも、ありますけどね。僕は、ワインは売るものじゃなくて嫁がせるものだと思っているので、ワインに対する愛情を感じない人には売りたくない。誰よりもこのワインたちを愛しているという自負があるので。
例えば、「流行っているから」「高く売れそうだから」という理由で欲しがる飲食店や、化学的なアプローチのワインも置いていながら、有機農法というだけの「自然派ワイン」とメニューに書いちゃうような飲食店。どこかで聞きかじった言い方で「変態なワイン」「臭いワインを飲ませて」と言う一般のお客さん。そんな愛のない方たちには、「買ってくださらなくても結構です」とはっきり言うようになりました。だって、僕の愛するワインたちは、下手に出なければ買ってもらえないような魅力のないワインじゃない。ちゃんとわかってくれる人が必ずいるんだから、ワインの、そして造り手の尊厳を守る売り方をするべきなんです。
2015年4月、『BATONS』の開店時は、1カ月で出荷本数600本からスタートしました。それから3年が経つ今、出荷本数は月間で2500本。3年で4倍強にまで増えた。広く浅く売らずとも、いい飲食店、いいお客さんが自然派ワインを支持してくれているのです。
佐藤
確かに、自然派ワインを大切に扱っている飲食店には、おいしいお店が多い印象です。
板垣
もとからおいしいお店が自然派ワインを高く評価してくれているのと同時に、自然派ワインとの出会いによってその料理の在りかたが大きく変わった店もあります。自分自身、そうでした。ワインに添加物や農薬を使っていないなら、料理の素材だってそうでなくては、と思うようになる。自然派ワインの味わいや心意気に負けない料理をつくらなくては、と。
自然派ワインが大好きで、全国のお店をを食べ歩いているお客さまがよく言うセリフがあって。「ヴァン・ナチュールを看板にしているお店はどこも、料理もちゃんとおいしいよね。そういう舌を持っている人がつくっているんだね」と。これは自分の実感でもあって、同時に、東京が優れていて地方が劣っている、なんて格差も一切ないと思っています。
客観的に見て、仙台の飲食店は実力派揃いだと思いますよ。ただ、提案力が足りない。振り切っていない。だから、飲食業界で上を目指す人は、やっぱりまだ東京に出て行ってしまう。少し前に、今は関西でインポーターとして活躍している方から言われました。「仙台を出ようかと考えていた頃に『BATONS』みたいなお店があれば、自分は仙台を出ていかなかった、ここで働いていた」と。嬉しい反面、複雑でした。これは、僕たち地元の飲食に関わる人間たちの責任です。もっともっとがんばって、仙台の飲食業界を魅力的なものにしなくちゃいけない。
ベストセレクトとの出会いをコーディネートするために
佐藤
おいしい自然派ワインは、お店の在りかたや人生さえも変える力を持っていますね。自分の好みの味わいと出会うコツはありますか?
板垣
「どんなワインが好きですか?」と尋ねると、ピノ・ノワールやカベルネ・ソーヴィニヨンといった品種や、ブルゴーニュ、ナパ・ヴァレーといった地域で答える方が多いですよね。でも、同じ品種、同じ地域でも、造り手が違えば味わいは全く違うものになる。日本酒がそうじゃないですか。同じ酒米、同じ宮城でつくっていても、ご存知のように蔵によってあれだけの個性の違いが出る。ワインも同じです。
まして自然派のワインは、ケミカルな手法でのコントロールを一切していないワイン。だから僕は、「今までに飲んでおいしかったワインはどんな味わいでしたか」とお聞きしています。品種や国、価格ではない「個性」。人に繋がるもので選ぶことで、本当においしいものと出会うことができる。
ワイン1本、その瓶の中にある液体は、100%ぶどうだけなんだけれど、そこには映画1本分ぐらいのストーリーがちゃんと入っている。そのストーリーを十分に解説して、その時、そのお客さんにとってのベストセレクトに繋げることが自分の役割。飲み終えたお客さんが「おいしかった」「おもしろかった」と満足してくれることが、この店の存在意義ですから。
佐藤
4年目に突入する『BATONS』。新たな目標はありますか?
板垣
10年前にはその存在すら知らない人の方が多かった自然派ワインも、今では完全にメジャーなものになったと思います。地域によってはまだなかなか伝わらなくて、「アンチ」を標榜する人もいるけれど、そもそもメジャーでないものにアンチは生まれませんから(笑)。自然派ワインへの理解がここまで浸透してきた今、「一番」を目指してみたくなりました。
「料理人がワインショップをやる」というこのスタイルは、おそらく日本では初めて、一番目だったと思うんです。でもそれは、意識したことではなかった。だから今度は、別の何か。何かこの店で「一番」のものをつくりたいな、と初めて思うようになりました。今でも、キャパシティオーバー気味ではあります。それでも、どこかでまだやりきったとは思えない自分がいる。だから、その漠然とした「一番」をかたちにするのが当座の目標ですね。
繁華街から官庁街、そして緩やかに住宅街へと風景が移り変わる上杉。その一角に立つ『BATONS』。一般のお客さんはもちろん、飲食店のオーナーやソムリエにも絶大な支持を得ている
ワインショップ&ビストロ,惣菜店 BATONS
できる限りぶどうの力だけで醸造する、ごく自然なワインづくりに取り組む生産者たち。オーナーである板垣さんは、彼らのつくるワインに共感し、大切にセラーに並べている。フランスの郷土色豊かな惣菜やチーズのほか、ワインのある食卓をより楽しくするテーブルウエアなども販売。 購入したワインや惣菜は店内で味わうこともできる(要抜栓料、18:00以降はワイン購入のお客様のみ店内飲食可能)。 仙台市青葉区上杉1-7-7 上杉ハイツ1F 022-796-0477 月曜・火曜 ワインショップのみ営業 15:00~21:00 ※予約の場合のみ店内飲食(角打ちビストロ営業)の利用可 水曜〜金曜 ワインショップ14:00~21:00 テイクアウト10:30~21:00 イートイン11:00~14:00(ランチ)、18:00~21:00(ワイン角打ちビストロ ※金曜は~23:00 土曜 ワインショップ・テイクアウト・イートイン15:00~21:00 ※毎月1日〜3日はワインの納品作業のため、曜日にかかわらず15:00~21:00の営業になる場合あり。 日曜定休 http://macuisine2002.com/
撮影 はま田あつ美