川崎町本砂金に開拓したぶどう畑。2014年5月に初めての植樹を行い、4年目を迎える
「人の暮らし」を考え続けて。
建築からコミュニティーの創造へ
ライター佐藤(以下、佐藤)
ワイン造りへの興味は、もともとお持ちだったのですか?
『株式会社Meglot』代表・坂口礼奈さん(以下、坂口)
いいえ、まったく! 川崎町でワイナリー設立を目指す目黒浩敬さんに出会い、『Fattoria AL FIORE』のワインを口にするまでは、むしろ、ワインは苦手でした。
佐藤
それは意外なお話ですね。目黒さんと出会う前までの坂口さんは、どんなことをされていたんですか?
坂口
静岡で生まれましたが、物心ついてからはずっと横浜で育ちました。小さい頃から何かをつくることが好きで、好きな科目も美術でしたから、“美大に行きたいな”と考えたこともあったんですが、両親が医療系の仕事をしていることもあり、何となく理系に進み、何となく医療系の将来を志し……。でも、受験が差し迫ったギリギリの時期に、“やっぱりものづくりがしたい!”という思いが爆発しちゃったんですね。そこで、理系から進めるものづくりの現場として建築科を選び、大学へ進学しました。そこで建築学とともに美術、そして地域コミュニティーづくりについても学び、漠然と“社会はこれからどうよりよくなっていくべきか”ということを考えるようになって。夏休みには過疎地域を訪れ、実際にそこで暮らしながら、集落の研究や、建物を改修して地域の活性化を目指すプロジェクトに携わったりしていました。
坂口礼奈さん。建築を学び、設計事務所に勤務したのちフリーランスに。
地域コミュニティーづくりや地方活性プロジェクトなどに携わり、2016年より宮城県川崎町へ
佐藤
最初に就いた仕事は、やはり建築ですか?
坂口
はい。設計事務所で住宅や店舗の設計・デザインに携わっていました。でも、段々と違和感を抱くようになってきたんです。建築は、人の住まう空間、人が生きるための空間なのに、ここまで世の中の流行に大きく左右されてしまうのか、って。それに、朝早くから夜遅くまで事務所にこもりっきりで働いて、終電どころか始発で家に帰る自分を鑑みて、こんなに暮らすこと、生きることを楽しんでいない自分が造る建築に何の意味があるのか、と自問自答するようになったんです。アイデアも、実際の仕事も、行き詰っていきました。だから、思い切って仕事を辞めて、東京からも離れてみよう、と思い立ったんです。
佐藤
それが、坂口さんの最初のブレイクスルーですね。
坂口
ええ。もともと、農業やパーマカルチャーといった人間の暮らしの根源的なところをデザインすることに関わりたい、という思いはずっとあったので、地方を目指しました。地方で何をやりたいのか、何をやればいいのか、ということは、まだ具体的にはまったく考えていませんでしたが、まず訪れたのはフランスでした。フランスの東、ヴィッテル近郊にある「エコロニー」は、有機農業や林業、畜産業などを基幹産業に30人ほどが自給自足の暮らしを営むエコ・コミュニティ。会社と家族をいいとこどりしたようなイメージでしょうか。そこに1カ月ほどいて、必要十分を知る暮らしや食に対する考えかたに、大きく共感しました。そして、日本に帰国して訪れた徳島県の神山町で、循環の暮らしを子供たちに体験してもらう雄勝町の施設・『モリウミアス』に出会い、初めて宮城県を訪れました。そこで半年ほどボランティアをし、「そろそろお金も尽きるし、ちゃんと仕事を見つけないといけないな」と考えた時に、「やっぱり食に関わる仕事をしたい」と思ったんです。それで、『料理通信』のウェブを見ていたら、目黒さんのブログに行き当たりました。
目黒浩敬さんとの出会いが、人生を変えた。
佐藤
目黒さんは既に本格的なぶどう栽培とワイン醸造に携わっていましたね。
坂口
「こんなにおもしろそうな人が宮城にいるのか。雄勝から川崎、……近いな」って思って、すぐ連絡をしたんです。そうしたら、第1回の『Reborn-Art Festival』が終わり、『秋保醸造所』をお借りしての醸造に入る前という、ちょうど忙しくないタイミングで(笑)。最初のメッセージを送った3時間後には、「じゃあ、来なよ」と話がまとまってました。
佐藤
そこで、初めて目黒さんのワインと出合った。
坂口
初めて飲ませてもらった目黒さんのワインは、今まで飲んだどのワインとも違ったんです。なんて優しいんだろう、と思いました。体にスーッと入ってくるようで、「これなら関わってみたい」と思ったんです。そうしたら「じゃあ、1カ月くらい来てみたら」と言われ、醸造を手伝うことに。その1カ月の間で目黒さんの考えにじっくり触れて、それまでに自分の中でかたちにならなかった漠然とした考えが、はっきりとした輪郭を持って見えてきたんです。「自分は地域づくりというものにどう取り組んでいったらいいんだろう」「どう貢献することができるんだろう」。ずっと、そんな疑問を抱いていました。目黒さんの構想は、関わる人たち一人一人が自分の持ち味を活かして、地域の中でそれぞれに活躍できるような共同体作り。その考えを聞いた時に、とても本質的だし、このやり方をずっと自分の中で探していたんじゃないかと思えるくらい共感したんです。しかも、目黒さんはそれを確実に、着実に実行している。
2016年から本格醸造を始めた「NECO SERIES」(7種・各3200円)は、
信頼する山形や山梨の農家が育てたぶどうを使った7本のラインナップ。
日本産ヴァン・ナチュールの旗手として注目を集めている
佐藤
坂口さんと出会い、現在の体制が整ったことで、目黒さんの構想そのものにも加速がついた感じがします。
坂口
昨年の5月に『株式会社 Meglot』を立ち上げ、私が代表に就任しました。目黒さん自身がフリーでフラットな立場でいられるように、という目的もあります。責任の大きさはとても感じますが、それ以上にわくわくする気持ちでいっぱいです。
佐藤
『Fattoria AL FIORE』は、小学校の体育館を利用したユニークな造りですね。
坂口
醸造所のスペースは、ほぼもとの体育館のままです。空調などもあえて整備せず、ここ川崎のあるがままの気温や湿度、風土そのものをワインの味わいに込めたいと思っています。スタンダードなステンレスのタンクに、陶製の醸造用甕・アンフォラや木樽。さまざまな手法の醸造にチャレンジしていくつもりです。
醸造所スペースは、ステンレスタンクやアンフォラ、木樽など多彩な醸造法が試せるラボラトリー
佐藤
セラーとショップの床も、体育館の床そのままですね。
坂口
バスケットコートのラインなどが描かれた木の床が、何だかとても味わいがあってよかったんです。ショップのカウンターでは、その日おすすめのボトル5種類ほどを抜栓し、お手製の小さなおつまみとともに試飲がお楽しみいただけますよ。
佐藤
坂口さんご自身、この2年間で大きく変わった点はありますか?
坂口
いちばん勉強させてもらったな、と思うことは、人としての在りかたですね。ぶどうの育て方やワインの醸造法などは、もちろん大切だけど二次的なもの。おいしさの根底には人の存在があって、人の性格や思いがワインそのものに反映される。人に対して誠実であり、思いやりを持つことが、ワインのおいしさをつくるのだと思っています。目黒さんも、よく言います。「結局は人だよ」と。
佐藤
人と人との繋がりは、ここ『Fattoria AL FIORE』の大きなテーマでもありますね。
坂口
はい。この場所ができたことで、川崎町の地元の人たちとも集まりやすくなったし、観光やワインを買いに来てくれる方々と川崎の人たちとも、自然と交流が生まれる。そして、ALFIOREの理念に共感し、時にはコラボレートしながらものづくりに取り組む人々……。具体的には、「たけし豚」を生産している佐藤剛さんや、サフランやエディブルフラワーを栽培している渡部一公さんのなどの紹介にも繋げることができます。実はもうひとり、チーズづくりに取り組む若い女性も加わる予定なんですよ。食だけでなく人と人との出会いの拠点になれたら、と思うんです。
「ヴェルデ(写真左)」(3800円)など16種ほどのボトルがショップにて購入可能。
試飲は30ml・300円から、60ml・600円から。プラス500円でおつまみも楽しめる
川崎町の自然の中で、川崎町の自然とともに、営みを続けるワイナリーが誕生した
Fattoria AL FIORE (ファットリア・アルフィオーレ)
https://www.fattoriaalfiore.com/ 住所 宮城県柴田郡川崎町支倉塩沢9 電話番号 0224-87-6896 営業時間 11:00~17:00 定休日 木曜 P30台
写真 古里裕美