第二十二回 「ぴーぷる」
地下鉄南北線の五橋駅南出口2を出て、国道286号線を長町方面へ進む。七十七銀行が見えたら左に曲がると、目の前に現れるのは、その昔、仙台藩の味噌や醤油を造っていた麹屋や酒蔵が多かったという荒町商店街だ。
街を盛り上げようと、通りを手作りイルミネーションで飾ったり、江戸時代に荒町に実在した商人をモチーフにした商品を作って販売するなど、地元の人々の結束力が強く、活気のある商店街だ。
七十七銀行の並びにある建物の2階にあるスパゲティ&コーヒー「ぴーぷる」は、荒町に住む人々はもちろんのこと、スパゲティ好きの人にとっては無くてはならない、半世紀近く愛されている喫茶店らしい。お店を訪れる前に話を伺った、近くにある創業70年の団子屋の女将は「家族みんなで美味しいスパゲティを食べに行く場所」そんな風に言っていて、ますますどんなお店なのかとても楽しみになった。
お店の前に着くと、ぴーぷるの外観は白くて春風のような優しい色だ。目に入る看板は4つある。そして全ての看板のフォントは微妙に形が違っていた。店名のぴーぷるを表す文字は独特のニョロニョロとした形で、なんだか70〜80年代の懐かしいアイドルグッズや文房具、お土産なんかに書いてありそうなフォントだ。何かを模しているようにも思うが、見れば見るほど私には何を表しているのか全く想像がつかない。悩んだ末に後日、フォントのデザインを専門にしているイラストレーターにどんな風に見えるか聞いてみた。「まるでスパゲティの麺ですねぇ。」そんな目から鱗な例えが返ってきて、私はわくわくした。
ぴーぷるの看板メニューはスパゲティナポリタンやミートソースらしく、「仙台で長く愛されているスパゲティの味はどんなだろう。」そう思いながら、多くの人が昇り降りしているであろう、細くて急勾配になっている味わいのある鉄製の階段を昇る。木製の渋い色のドアを開けると、「カラン、カラン」とドアに吊るされた大きなベルが軽快に音を鳴らした。
中に入ると、懐かしく上品な雰囲気の店内が見えた。例えるならヨーロッパの老舗喫茶店のようだ。置いてある家具は、お世辞にも「最新の」とか「スタイリッシュな」とかいう言葉とは程遠い。だけど、大きなステンドグラスの窓や、綺麗に磨かれたランプの傘、壁に飾られた絵などから、ヨーロッパの昔の絵画に出てくるような澄ました貴婦人がくつろいでいそうな店内だと思った。

「こんにちは、看板とお店のお話をお伺いしたいのですが。」私が店の奥に声を掛けると、奥の調理場から少しロックなTシャツとジーンズのスタイルに、清潔感のある腰巻きエプロンが似合う男性が出てきた。彼はオーナーの高橋さん、先代の息子さんである。
「ぴーぷるという名前は先代が考えました。沢山の人々がお店に集うようにと願いを込めたと聞いております。」と高橋さんは話し始め、「実は以前のお店の名前はぴーぷるとは違う名前だったんです。」と続けた。
聞けば、48年前の創業当時、漢字で喫茶店の名前を付けるのが流行っていたそうだ。その為、当初はバジリコスパゲティの名前にちなんで「芭詩里香(バジリコ)」という名前でスタートしたそうだが、集客に苦労した。考えた末、先代は知人のアドバイスを元に、人が集まるように「ぴーぷる」と命名し、店内も刷新、ガラリと変えた。それが現在まで続くぴーぷるの由来だそうだ。込められた願いの通り、そこからは美味しいスパゲティが評判の人で賑わう喫茶店になった。
先代は40年以上ご夫婦で切り盛りしていたそうだが、ご年齢を重ね引退する事になった。「跡継ぎがいないからあと2年で店を閉める、それが先代の口癖だった。」と、向かいの理髪店の店長がお店に伺う前に教えてくれたことを思い出した。
店長は、先代の口癖を聞くたびに「ああ、この味が食べられるのはあと何年かなあ。」と、不安に思っていたそうだ。しかし、2代目が跡を継いだことで、今では「もう少し長く食べられる。安心した。」そう話してくれた。
「先代と同じ強めの焼きが香ばしいスパゲティは絶品だ。」
先程の理髪店の店長はこうも言っていたので、「長く食べたいと、愛されているスパゲティには何か隠し味や秘密があるのですか。」と、高橋さんに聞いてみた。
「特別な隠し味、というのはないんです。強いて言えば、鉄製のフライパンが隠し味かな。」そう言って高橋さんがフライパンを見せてくださった。
鉄製のフライパンは、なんと直径32㎝と言うだけあって、とても大きく重いものだった。調べたら、大概のお店では直径26㎝のフライパンが使われているそうなので、32㎝はとても大きい。びっくりした。
「熱々のフライパンを一生懸命振ること、それが美味しくするコツです。」と教えてくださった。
立ちっぱなしで重いフライパンを振り続けることは重労働で、腰や腕に負担がかかり痛くなる。そのため、休日は接骨院でメンテナンスしているそうだ。
それほどに精魂込めてスパゲティを作る高橋さんだが、当初は跡を継ぐ気はなかったという。
高橋さんは、幼い頃から喫茶店で夜遅くまで忙しく働くご両親を見てきた。そして、お母様からも跡を継がなくていいというのが教えだったそうだ。加えてナポリタンやミートソースもそれほど好きではなかった。「心から美味しいと思えたのはお店に入るようになってから。」そう教えてくださった。
縁あって会社員を辞めて跡を継ぐことになり、継ぐと決めてからは、先代に教わりながらレシピを基に重いフライパンを振る日々が始まる。
常連さんの中には「先代と味が違う」と言う人もいたというが、苦戦し試行錯誤していたある日、ある常連さんの一言が救いになった。
「先代だって、毎日味が違うよ。」
そんな言葉が励みになり、3〜4年かけてやっとスピードと仕上がりが様になり、自分の納得行く味に辿り着いたそうだ。
「学生時代は自分へのご褒美だった。特別な味として心に残っている。」かつて、喫茶店近くの大学に通っていたというOBからはそう言った声も聞かれた。
「これからは、古き良き喫茶店の雰囲気を残して、ひとりでも多くの方に昔ながらのスパゲティを食べて頂き、その人の記憶に残る味を出せるようになりたいと思います。」高橋さんはそんな風に教えてくださった。
ぴーぷるといえば「美味しいスパゲティ」だと、みんな口々に言う。名前に込められた願い通り、たくさんの人が集まってくるお店だ。そして「スパゲティの麺のようなフォント」の字は「茶目っ気があっていい。」そんな風に思っている方もいた。「正直なところ、スパゲティをイメージしたのかはわかりませんが」と高橋さんはおっしゃり、「先代が看板を依頼した時、喫茶店らしいフォントにしてもらったのだと思います。」と続けた。
そうなのだ、高橋さんが言う通り、ぴーぷるはどんなに時代が進もうと、同じ形でそこに在る、昔ながらの「喫茶店らしい喫茶店」なのだと思った。
店名
スパゲティ&コーヒー「ぴーぷる」
業種
喫茶店
創業年
1973(昭和48)年
高度経済成長期も終焉を迎えようとしていた時期、オイルショックの影響で紙類不足に。カーペンターズの『Yesterday Once More』がリリースされた年。
看板制作年
店舗正面上部ガラス戸:創業に同じ
店舗正面上部大きなもの:2014年頃
店舗入り口階段下
奥:1981年頃
手前:2015年頃
喫茶店らしい文字フォントにしてほしいと頼んだ。
制作者
看板屋さん
素材
店舗正面(上):カッティングシート
店舗入口立て看板:プラスチック
自慢できること
重い鉄のフライパンで作るスパゲティ
看板メニュー
ナポリタン、ミートソース
ここで一句
タンタンタン ナポリタン
パンパンパン フライパン
熱々ジュージュー香ばしい
スパゲティを頬張れば
お腹いっぱいまんぷく
ぴーぽー(ぴーぷる)
明日も看板を求め、みちのく一人旅はつづく。
ぴーぷる
住所 宮城県仙台市若林区荒町112-2F 電話番号 022-264-1637 営業時間 11:00〜21:00 定休日 日曜日 Twitter @peoplespaghetti
※この記事の取材・撮影は感染防止対策を徹底し行いました。