「ツバメ.フード」
地下鉄勾当台公園を北1番出口から出て、定禅寺通を横断。東二番丁通り沿いに歩く。国分町の賑わしいネオンの灯りや定禅寺通のケヤキ並木は遠ざかり、周囲にはのっぽのオフィスビルやビジネスホテルが立ち並んでいる。
少し歩くと見えてくる、1階にローソンのあるビル。その地下にあるのが洋食屋の「ツバメ.フード」だ。
青い廊下の先に白く浮かび上がる、真っ白にペイントを施された、流木を利用した素朴な取手のドアが目印だ。色彩豊かで表情に富んだ美味しいお料理に魅了され何度か足を運んでいるが、気になっていることがあった。
ツバメ.フードには看板が無いのだ。この日は「看板を掲げていない理由を尋ねてみよう」そう思い立って、ドアを開けて中に入る。すると、調理場で忙しそうに働いている男性と女性が見えた。
「こんにちは、今日は看板のお話をお伺いしにきました。『ツバメ.フード』さんには看板って無いんですか。」そう私が問いかけると、「うちには屋号というかロゴはあるけど、看板は無いんです。」
そうなのだ、冒頭に話した通りツバメ.フードには看板が無いのだ。そのため、ドアを開ける事が無ければ、飲食店なのかも分からない。そしてさらにその理由を詳しく聞きたくなった。
男性はオーナーの上野さん。そして一緒に働いていた女性はスタッフの森さんだ。
数年前、上野さんは現在のツバメ.フードと同じ場所にあった別の飲食店で働いていた。ところが、以前の勤め先がお店を畳むことになり、上野さんは同じ場所で独立する事を決心した。その際、当時の同僚だった森さんにも声をかけて現在のお店はスタートした。
そんな経緯を伺いながら調理場を眺めると、創業して1年あまりだというのに、2人の息は抜群に合っていた。私がお話を聞いている時も、上野さんが手際良く料理を作り、それを森さんがテキパキとお客様のところへ運ぶ。そんな光景が見て取れた。
「優秀なバディ」上野さんは森さんの事をそう呼んでいた。その様子を横目で見ながら、「看板が無くて困ったことはありませんか? それに看板ってお店の顔ですよね。」と私が伺うと、上野さんはこう教えてくれた。
「看板は無いのですが、ツバメ.フードという屋号にはこんなエピソードがあります。」
会津若松市出身の上野さんはおじいさん子だったそうだ。おじいさんは上野さんが生まれる前、炭鉱で働いたり、伝統工芸が盛んな会津若松市ならではの団地、会津漆器工場団地(会津漆器協同組合)で働いていた。その際職人としてシルクスクリーンを手掛けていたという。写真を撮る事にも長けており、併せて鶴ヶ城で観光カメラマンとしても働く多彩な人物だった。現代ならば、マルチに仕事を手掛けるクリエイターだったのだろうと想像してしまった。後におじいさんは写真とシルクスクリーンを手掛ける会社を始めたという。
「いわゆる町の小さな写真屋さんでした。母屋の後ろに工場があり、そこでシルクスクリーンも手掛けたんです。それが『ツバメ写真社』と『ツバメスクリーン社』でした。」上野さんがおっしゃった。
工場には「ツバメスクリーン社」という看板を掲げていたそうだ。それが1978(昭和53)年7月だった。
残念ながらおじいさんは上野さんが幼い頃に亡くなり、おじいさん子だった上野さんは相当に悲しんだ。おじいさんとのエピソードの中で、小型の鳥の中でも特に速く飛ぶ事で知られるツバメをとても気に入っていたのが印象深いのだという。
「『ツバメのように速く仕事に応える』とか『朝起きたらツバメが飛んでいたから』と、社名にツバメと付けた理由をおじいさんから聞いていました。」と教えてくれた。だからこそ創業する際は、おじいさんとの思い出や尊敬の想いを込めて、「ツバメ」の屋号を引き継ぎ、ツバメ.フードを開業したそうだ。ツバメは縁起がよく、幸運のシンボルとして知られている。それに、ツバメという名称は、ツバメの下に続くどんな言葉や業種にも対応出来て、可能性を秘めているからとおっしゃっていた。そんな想いが込められた形のない看板の話は初めて聞き、心があったかくなった。
「お店の空気感を知ってもらったお客様の口コミでお店が知られてほしいというのと、お客様の持っているそれぞれのイメージを崩したくない、そんな感じでしょうか。」
なるほど、看板がなくてもお客様がいい看板になっているようだ。ツバメフードの料理は、素材や季節、料理を作る工程を大切にしている。だからこそ目にも心にも美味しい。丁寧にセンス良く整えられ、味わい豊かな料理を作っている店主の好物が知りたくなり、好物を聞くと、返ってきた答えは「カツカレー」だった。とても素朴で庶民的、飾らない店主自身の人柄も看板だろう。そして看板スタッフに魅惑の看板メニュー達、ツバメ.フードには目に見えない看板がたくさん存在していた。
現在「ツバメスクリーン社」は閉業、看板も残っていないそう。社用封筒に印刷された「ツバメスクリーン社」の社名のフォントを基に「ツバメ.フード」のロゴを作成した。上野さんのおじいさんとの思い出がたくさん詰まっている
「ツバメスクリーン社」のフォントを元にロゴをデザイナーのご友人が制作したという。ロゴの下に描かれたツバメが可愛らしい。「僕が独立するときに祖父の力添えをもらえたらいいなと思いました。」天国のおじいさんに見守られるように創業以来頑張ってきたという
2人ともお客様に必要以上に干渉しないというが、気遣いはきめ細やか。少ない人数でうまく働くコツを森さんに聞くと、「上野さんのやりたい事を私が実践する、それがお店を気持ちよくご利用いただくことに繋がります。」とおっしゃった。
上野さんの作るお料理は色鮮やかで美味しく、名前の由来通り、ツバメのように幸せを運ぶ。そして幸せの詰まったお料理を良き相棒の森さんがテーブルへ運ぶ。
自身が作ったものがお客様の心や身体を満たす事が、上野さんにとっては最高の幸せだと言い、「気持ちが伝わる料理」を心掛けているとおっしゃっていた。そして亡くなられたおじいさんが大切にしてきた名前を何度も呼べる事も幸せだと言っていた。
野菜を美味しく食べてほしいと、旬を感じてもらえるような調理を心掛けているそう。ツバメ.フードのポテトサラダはなんとマヨネーズを使用していない!ポテサラ=マヨネーズの概念を覆す魅惑のポテサラ。塩と胡椒のシンプルな味付けにハーブとレモンでさっぱりした味わい
ライスコロッケはケータリングやレセプション用に一口サイズのメニューを作ってみたところ定番になり、今では看板メニュー。ポルチーニキノコの風味は子どもも食べやすい。「料理のレシピは聞かれたら教えたい。お料理は人から人へ伝わっていくもの、お母さんの手料理のようにもなってくれたらうれしい。」と上野さん
こちらも定番の手ごねハンバーグ。ずっしりとした食感と食べ応えを意識しているため、パン粉などのつなぎは一切使っていない。多国籍でカテゴリーにとらわれない、だけど素材や作り方にこだわっている料理を作り続ける。「こんなふうに食べたいという要望にも出来るだけ応えるようにしています。」と上野さん
ここからお客様を幸せにする料理が運ばれていく。上野さんの作るお料理はまるでフランス料理を題材にした映画『マダムマロリーと魔法のスパイス』の仙台版だ
オフィス街という場所柄、大手企業のビジネスマンも利用するし、学生さんも利用する。立場は違えど、同じ料理を食べている時間は平等に幸せだとオーナーの上野さんは話す
店内で提供しているお料理の盛り合わせはお客様の要望に応えているという。テイクアウトメニューもこのように色鮮やかだった。コロナ禍でお客様のニーズもだいぶ変わってきていて、元々あったテイクアウトは今年に入り需要が高まったそうだ。この日も出張に来ている方がホテルでおいしいお料理を食べたいからと注文したテイクアウトを受け取っていた
店名
ツバメ.フード
業種
洋食店
創業年
2019(令和1)年8月
平成が終わり令和がスタート。令和初めての夏を迎える。映画は『天気の子』がヒット。
看板制作年
創業に同じ
制作者
ロゴ
祖父の会社の社名を基に、友人のデザイナーが制作
素材
目に見えない
自慢できること
お客様と一緒に作り上げてきた店の雰囲気
看板メニュー
ポテトサラダ、ライスコロッケ、ハンバーグ
ここで一句
ヒュルリィ ヒュルリィララ
ツバメが運ぶよ美味しい料理
幸せたくさん詰まってます
ツバメ.フードのお料理は
心も身体も大満足
解説
ヒュルリィ ヒュルリィララと
鼻歌を口ずさみ、ツバメがご機嫌に
運んでくる美味しい料理
ひとくち頬張れば、心も身体も幸せになる
明日も看板を求め、みちのく一人旅はつづく。
ツバメ.フード
住所 宮城県仙台市青葉区本町2-16-15ツルミヤ本町ビルB1 電話番号 022-226-8556 営業時間 18:00〜24:00 定休日 月曜、第三日曜 Instagram @tsubame.food ※Google店舗情報にTAKE OUT他メニュー詳細有。
※この記事の取材・撮影は感染防止対策を徹底し行いました。