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宮城看板放浪記 第十四回 「道玄坂」

 古き良き宮城の街並みをかたちづくっていた証。それは看板! 古くなるほど愛しさつのる。ライターりりっくれおなるどが、看板の声に耳を傾け一句したためる。今日も看板を求めさまよう、みちのく一人旅。今回訪れたのは、青葉区国分町にある喫茶店の『道玄坂』。

Oct 23, 2019   

 マーブルロードおおまち商店街で、仙台の老舗百貨店・藤崎本館を左手に真っ直ぐ歩き進む。右手には日本銀行仙台支店があり、さらに進んで、かつて城下の中心となった交差点「芭蕉の辻」の石碑を通り抜ける。すると見えてくる肴町公園の木々。街中の喧騒が一気に静寂に変わり、公園からは子どもたちの遊ぶ声が聞こえたりする。

 この辺りに来るたび、私が「もじゃもじゃ」と勝手に心の中で呼んでいる喫茶店がある。ツタに覆われたお店のドアが、ひげを蓄えた男の人の顔に見えるからだ。お店の名前は『道玄坂』と言うが、ここは渋谷ではない。気になっていたのにお店に入ったことはなく、近くのお店や肴町公園に訪れるたびに、ついつい目を奪われ続け、この「もじゃもじゃ」な店構えに恋して何十年も経つ。ついに私は、思い切って中に入ることにした。

 「遅くにすみません、まだ大丈夫ですか?」ドアを開けて声をかけると、中にいたご主人が「どうぞ。」と、穏やかな表情で迎え入れて下さった。

 お店に入ると、まず目に飛び込んできたのは、木の壁一面に飾られた、懐かしいピストルの玩具、そして「コーヒー」と記された焼き板。なんだか心が解けた。

 「道玄坂」って、渋谷の道玄坂と関係あるのかな? ワクワクしながらその名前の由来を伺った。
「喫茶店を始めて40年近く経つんだけど、当時、渋谷の道玄坂には喫茶店がたくさんあってね。学生たちの溜まり場だったんです。そんな溜まり場のような落ち着く場所を仙台にも作りたかったんだよね。だから渋谷の道玄坂にちなんで店の名前を付けました。」
 喫茶店がおしゃれな溜まり場だったという時代の渋谷の道玄坂を想像しただけで、なんだか心が熱くなった。
 
 店内は、温もりのある木材で統一されている。その理由も尋ねてみる。するとご主人がこう答えた。「お客さんには日常を忘れて欲しいと思ってるんです。せっかくだからくつろいで欲しいじゃないですか。」それを聞き私は「確かにそうですね。なんだか山小屋にいるみたいにくつろいでしまいますね。」と続けた。


2階の他店舗に上がる階段部分。山小屋にいるような気分にさせてくれる


店内の所々に置かれたランプの灯りが、ゆったりとくつろいだ気持ちにさせてくれる

 店内には、ピストルの玩具、懐かしいアニメのフィギュアやミニカーに、とにかく、今で言う「レトロ」や「ノスタルジー」と言う言葉に当たるのだろうが、創業した1980年代か、それより少し前の懐かしい玩具が壁一面に並んでいる。その玩具たちと木を基調とした内装、温かい灯りがなんだか緊張を解いてくれた。

 「ピストルがお好きなんですか?」とご主人に伺うと、「私が小さい頃は西部劇をよくテレビで放送していて、ピストルさばきに憧れたりしたよね。大それた理由なんてないよ。なんとなく、ただ気に入ってるから飾っているだけ、他のもそうだよ。」と、少し照れながら教えて下さった。


ピストルの玩具が並べられている店内。アメリカ映画のガンマンになった気分

 お店を始めたきっかけも「喫茶店が好きだったから。何かやるときは好きって気持ちが無ければ始めないよね。」と仰った。「なんとなくかな。憧れてたよね喫茶店に。私が小さい頃はそんな時代です。女の子が花屋になりたいって言うみたいにね、男の子は喫茶店に憧れる子が多かったよね。」と続けた後に、「なんでも『好き』っていうシンプルな気持ちだけで動機になる。それ以外はないよ。」と仰った。
ご主人は一見クールに見えたが、話してみるととても優しく、言葉を一つひとつ丁寧に選んで答えてくださる温かい方だった。

 「看板メニューはなんですか?」
 そう伺って、メニューを見せていただいたところ、飲み物しかない。
「うちは喫茶店だから、飲み物だけあればいいかな。昔は食べ物を提供する喫茶店は、わざわざ『軽食喫茶』ってうたってたり、喫茶店とは分けているところもあったよね。お客さんを待たせずにメニューを提供するとしたら、一人では飲み物くらいがちょうどいいです。喫茶店なんだからコーヒーが看板メニューになってないとダメでしょう。」

 なるほど、コーヒーが看板メニュー、シンプルだけど力強い決意と長年かけて培われた自信を感じた。
以前はコーヒーに合う食べ物、例えばトーストやサンドイッチなどを提供していたらしいが、一人でお店に立つようになって、飲み物の提供だけにしたのだという。今も、開店当初から使っているサイフォンは現役で、丁寧にコーヒーを淹れている。「喫茶店だもん。コーヒーは美味しく淹れないとね。」とご主人。

未だ現役で使われているコーヒーサイフォン。日頃から丁寧に手入れが施されている

 「サイフォンを見ると理科の実験みたいでワクワクします。」そう伝えるとご主人は静かに微笑んだ。

 道玄坂をはじめて約40年。これまでを振り返ってみてどうか、と聞いてみると、ご主人は静かに答えた。
「昔は振り返らない事にしたんだ。目の前の事と、楽しい未来の事を考えた方が元気出るじゃない。今では長く通っていた常連さんも定年退職したり、同級生も隠居生活を送るような年になった。だから、少しゆっくりしたい気持ちもある。震災後には、引退しようかとも思ったこともあった。だけど、好きでこの店に来てくれる人たちもいるからね、続けられるうちは続けたい、その気持ちだけだよね。」
返ってくる答えは、長年喫茶店を続けてこられた人しか話せない事ばかりだった。

 お客さんに居心地の良い場所を提供する、美味しいコーヒーを出す。道玄坂ではそれが何十年も繰り返されて、お客さんたちを心地良い気分にしてきたのだ。

 実は、壁に飾ってある玩具は、ご主人の嗜好を知ったお客さんたちが「これ好きでしょ?」と持ってきた物も多い。来られなくなったお客さんもいると言うが、お客さんたちの想いは店内いっぱいに残っている、そんな気がした。


壁にびっしり飾られた玩具の中にはお客さんからのプレゼントもある。左下辺りのフライパンの時計は実際に調理場で使われていたもの。焦がしてしまったところには、アメリカの俳優、スティーブ・マックイーンのシールを貼ってオリジナルの時計にしたという


灯りが灯った表の看板。ツタが陰影を作っていて幻想的


左からアイスコーヒー、クリームソーダ、メロンミルク。
ホットコーヒーもアイスコーヒーもこだわりを持って淹れている。クリームソーダも「道玄坂」の定番メニュー。メロンミルクはメロンシロップを牛乳で割っている。小さい頃によく飲んでいたミルクセーキのような懐かしくて優しい味


木製の看板は焼き板風


入り口の「もじゃもじゃ」ことツタは、年に3回ほど植木屋さんがカットしている。まるで髭を蓄えた男の人の顔のようだと思っていたが、今回はきちんと身だしなみが整えられていた


昔、魚屋がたくさんあったらしいですね、とたずねると、「この界隈は大正時代に魚市場があり、魚に由来した地名にしたんですが、『魚町』じゃ色気がないじゃない?だから、酒の肴という意味で『肴町』としたらしいんですよ。」とご主人。
昔、肴町公園の周りには「道玄坂」と同じくらいの営業年数のお店が6軒も立ち並んでいた。みんなお店を畳んでしまい、今残っているのは『道玄坂』のみ


店名
道玄坂

業種 
喫茶店

創業年
1981(昭和57)年頃
近藤真彦の「スニーカーぶる〜す」「ギンギラギンにさりげなく」がヒット。「機動戦士ガンダム」の映画が公開。

看板制作年
1981(昭和57)年頃

制作者
内装屋さん

素材
木材
プラスチック(店舗正面ドア左側)

自慢できること
長く続けていること。

看板メニュー
コーヒー
       


ここで一句

懐かしい灯りが灯る肴町
もじゃ髭の顔したドアを開けてみる
木の壁と床に囲まれ
あったかい優しい空気に包まれて
ホットな気持ちでコーヒー飲む
手間暇かけた看板メニュー

 
どこか懐かしい灯りが灯る肴町。
もじゃ髭のようなツタを蓄えたドアを開けてみると、そこは木の温もりが溢れた喫茶店。淹れたてのおいしいホットコーヒーを飲めば、心も身体もほっとして優しい気持ちになるのです。
 
明日も看板を求め、みちのく一人旅はつづく。
 

道玄坂

住所   宮城県仙台市青葉区国分町1-3-25 TEL 022-262-5998 営業時間 月~金 08:00~20:00 土 08:00~18:00 定休日  日曜日、祝日
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