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センキュー、ポップカルチャー!
劇団「ロロ」三浦直之を育てたものたち
(前編)

劇団「ロロ」を主宰する劇作家・演出家の三浦直之さんは宮城県育ち。彼の作品は、カルチャーへの偏愛が惜しみなく注ぎ込まれており、ジャンルを超えた多くの人に支持されている。果たして三浦少年は、ここ宮城でどのような青春時代を過ごし、カルチャーを享受してきたのか。大学生のぽんちゃんが、三浦さんのご実家にて、その記憶をたどるお話を聞かせてもらった。

Feb 27, 2018

平成生まれ昭和育ちの大学生、ぽんちゃんこと伊藤優果の連載、「時の流れに身をまかせない!」。
流行や周りの人たちに流されて生きるのではなく、時の流れに身をまかせないで、
ただただ自分の好きなものや好きなことをとにかく追い続けて地に足付けて楽しく生きたい!
そんな思いを胸に、音楽から食まであらゆる文化を探しに出かけます。さて、今日は?

 

連載「時の流れに身をまかせない!」第3回

センキュー、ポップカルチャー!
劇団「ロロ」三浦直之を育てたものたち(前編)

 

 
演劇とはあまり縁のない人生を送っていた私は、劇団「ロロ」に出会ってから、その世界観に一気に引き込まれ、虜になって抜け出せないでいる。
東京を中心に活動するロロの主宰であり、劇作家・演出家である三浦直之さんは、なんと宮城県出身!
三浦さんの作品ではきらめく青春や、人と人とのあらゆるつながりがあたたかく、ポップに表現されている。
まぶしさのあまり、観ていて思わず目尻が下がってしまうし、元気と勇気しか沸いてこない。
そんな作品たちは、三浦さんが学生の頃から愛してやまなかった本や漫画、アニメ、ドラマなどのポップカルチャーから大きな影響を受けているという。
果たして三浦少年は、ここ宮城において、どんなカルチャーライフをを送ってきたのか……?
今回は特別に、まさかまさかの、三浦さんの記憶がぎっしりとつまったご実家でインタビューをさせていただいた。
三浦少年に会いにタイムスリップしてみよう!
 

影響を受けてきたカルチャーを織り交ぜながらつくる演劇

 
ぽんちゃん(以下、ぽんちゃん)
宮城県出身の先輩である三浦さんにお話をお聞きすることができて感激です!
三浦さんは、劇団「ロロ」の主宰や劇作家、演出家などの活動をされているんですよね。
 
三浦直之さん(以下、三浦)
うん、日本大学芸術学部の演劇学科だった仲間たちと集まって、2009年に旗揚げしたのがロロっていう劇団です。
僕自身、上京するまであんまり演劇は見てこなかったこともあって、ずっと夢中になっていた漫画とか小説、アニメとかのカルチャーを、演劇とどうやってつなげられるかな、ということも個人的に意識しています。
 

 
ぽん
自分が好きだった趣味を取り込んでいるんですね。
 
三浦
そういう発想をする時も自分が影響を受けてきたものとか引っ張ってきて、それを作品の中に織り交ぜながらつくっていくことが多いですね。そんな作風で演劇の脚本を書いたり、テレビドラマや映画を撮ったり、ミュージックビデオをつくったり、音楽をやったり…。
 
ぽん
ラップもされていますよね!
 
三浦
そうそう、Enjoy Music Club(※三浦さんやロロと親交のある3人組のラップグループ。)とね。
 

三浦さんとEnjoy Music Clubが歌うポップカルチャーへの賛歌『100%未来』
 
三浦
でも、基本的には演劇が自分のメインの場所という感じですね。
 
ぽん
そんな演劇とはどのように出会ったのでしょう?
 
三浦
僕は仙台三高の出身なんだけれど、授業中もひたすらに本を読み続けていたくらい昔から本を読むのが好きで、通学路の途中ある本屋で本を眺めて帰るのが日課だった。同時に、高校の友達が映画好きだったから一緒に見たりもして。
 
だから本当は、小説を書くとか、映画を撮るとかそういうことをやりたかった。
その頃は全然演劇を見る習慣もなかったし、演劇をやろうとも思っていなかった。
 

 
三浦
あとはテレビドラマも見るのが好きだった。
三谷幸喜さんとか宮藤官九郎さん、君塚良一さん、野沢尚さんとかのドラマのシナリオを読むのが好きで、その人たちがどの辺の学校に進学しているんだろうって調べたら、けっこうみんな日芸(日本大学芸術学部)だったんですよ。
 
本当は映画撮りたいから映画学科受けたんだけど落ちちゃって、演劇学科も受けていたのが受かったから、ひとまず日芸にいっとけ!と思って演劇学科に進学しました。
 
それから仙台にいるころには、全然知らなかった小劇場カルチャーみたいなものにも触れるようになって、それがすごく面白かったんですよ。
見て行くうちに、演劇も面白いかもって思って、自分でもやるようになっていったっていう感じですね。
 
ぽん
もともと演劇学科を目指して入ったわけではないんですね。
三浦さんって、高校までは宮城にいらっしゃって、大学から東京に行かれたんですよね。
 

 
三浦
小学3年生までは女川に住んでてて、それからはここ。
今日はせっかく実家でのインタビューだから、何話そうかなって色々思い出してみたんだけれど。

ぽん
三浦さん、過去の三浦さんに会いに、一緒にタイムスリップしましょう!
 
 

自分で遊びをつくっては親友にやらせる
それが演劇をつくる原体験だった

 
ぽん
わ!小学生の三浦少年が遊んでいるのが見えます!何か投げてますね。
 
三浦
小学3年生の夏休みに引っ越してきた時の僕だね。
友達がいなくて夏休みにやることがなかったんだよね。
おじいちゃん家に行ったらブーメランがあって、ブーメランって行って返って来るから一人で遊べるから、それだけが夏休みの楽しみだった。
まだ引っ越してきた頃、このへんは新興住宅地だから、今家が建っているこのあたりがまだ空き地だった。
 

 
その時ね、どういう仕組みかわからないんだけど、ミニ四駆でブーメランを投げる人がいたるんですよ、漫画の中でね(笑)。それが好きだったから、ここでずっと真似していて。
 
そしたらブーメランをなくしちゃったんですよ。
遊ぶ道具ないやって思ってめちゃめちゃ落ち込んでいた。
何日かして外を見たときに、同い年ぐらいの男の子が俺のブーメランを持っているのを見て、「アイツ!俺のブーメラン持っている!」って(笑)。
 
それを母親に言ったら、「話しかけてきたら?」って言われて、話しかけてみたら「ごめん、じゃあ一緒にあそぼうよ。」って言ってくれて、すごく人懐っこい子だったんだよね。それが一番最初にできた友達で、今も親友のS君。
 
そこからずっと一緒に遊ぶようになった。
ゲームとか、そのころから自分で遊びをつくってはS君にやらせてた(笑)。
それが自分が演劇をつくっている原体験的なものだなと思うんだけれど。
 
ぽん
自分がやるのではなくて、考えたのをやらせる?
 
三浦
そうそう。S君がポケモンの指人形を沢山集めていて、夏休みに外歩いてポケモンをいろんなところに設置して、S君を呼び出したり。
あのポケモンを倒すためには、どこどこに行って何々をしなければいけないってルールを考えて、S君にプレイさせるみたいなのをやってた。
作るのが好きだっていう初期衝動かなって、今は思いますね。
 
ぽん
自分がやる!ではなくて考えたことを人にやってもらうことが好きだったんですね。
現在の三浦さんの劇作家、演出家といったお仕事につながっていますね。
 

 

中二で中二病こじらせてた
ジャンルとか関係なく面白いものは面白いという発見

 
ぽん
今度は、中学時代にタイムスリップです!
三浦少年、なんだか楽しそうですね。部活はされていたんですか?
 
三浦
部活はテニス部で楽しかった。
あと、中学に入ったくらいから、女の人と喋れなくなるっていう(笑)。
女の人と喋ると敬語になってしまうみたいなこじらせ男子だった。
 
ぽん
中学生にありがちですね。男の子とばかり遊んでいますね。
 
三浦
あれはマッピさんっていう同級生で、彼のまわりにいる人たちがすごく面白くて一緒にいるようになった。
 
ぽん
これは図工の時間でしょうか。マッピさん、何やら紙やすりと木を持ってきましたね。
 
三浦
マッピさん、授業中に木を削って最終的にすごくツルツルスベスベの丸にして「すげえだろう!スベスベの丸だぞ!」って言ったな(笑)。
 

 
ぽん
マッピさんみたいな中学生なかなかいないですよね?変わっていますね(笑)。
 
三浦
そう、マッピさんは変わっている人だったな。
 
ぽん
この頃の三浦少年は、どんな本を読んだり、ドラマやアニメを見たりしていたんでしょうか?
あ、太宰治を読んでますね!
 
三浦
そう。この頃からすごく本を読んでたな。
太宰治を読んで、「これ俺のことだ!自分のことが書かれている!」って斜に構えだすっていうか、中二で中二病こじらせていた(笑)。
 
ぽん
他にも違う表紙の本を持っていますね。
 
三浦
太宰治とか古典の日本小説も読むのと同時に、アニメが好きだったからライトノベルも読んでた。
『イリヤの空、UFOの夏』っていう ラノベの古典と呼ばれるものがあって、SFとしても評価が高い小説なんですけど、それがすごい好きで。
だけど学校でそれを読んでいたら、ラノベの表紙がアニメっぽいからか「よくそれを堂々と読めるね!」って男友達から言われたんですよね。それが意外で。
 
僕としては『人間失格』に感動しているのと同じようにラノベを読んで感動していたのに、外から見るとアニメの表紙っていうだけでみんなの前ではばかれたりするんだっていうのがあって。
「ジャンルとか関係なく面白いものは面白いじゃん」っていう感覚はずっと中学の時に思っていたな。
 
ぽん
そんな感覚を中学生の時からもっていたんですね。
 
三浦
そこから海外文学とか実験的な小説も読むようになったけど、それも面白いし、ラノベも漫画もアニメもドラマも面白い。
高校になると授業聞かずにそういうの読んでいたから、どんどん成績も下がっていってビリぐらいになって自分でも衝撃を受けた(笑)。
 

 

初めて書いた脚本はお笑いのネタ!
駅の時計台に上半身裸でくくり付けられ、警察沙汰に

 
ぽん
タイムスリップ!続いては高校時代にやってきました!
 
三浦
高校時代は仲良い友達と4人でいつも一緒にいた。
僕、カルチャーは好きだけど音楽は疎いっていう感覚があって。
他の3人はめちゃめちゃ音楽が好きだったんですよ。
それで音楽を聴かされたり、俺も小説を貸したりっていうのをやっていて。
あ、その中のひとりのM君と一回だけ漫才を作ったこともあった!
 
ぽん
漫才!(笑)
 
三浦
そう、M-1甲子園っていうのがあって、高校生限定のM-1。
漫才やってみたいって言って作った。
 
ぽん
それに出ようと思ってつくったんですね。
実際に出られたんですか?
 

 
三浦
出た出た!パンクブーブーが審査員に来ていて。
全然内容覚えていないけれど、変な話だった気がする(笑)。
 
ぽん
3人で出られたっていうことですけど、ネタを考えたのは?
 
三浦
考えたのが僕。初めて書いた脚本があれかも(笑)。
あとはずっと映像を撮りたいって思っていたから、映画サークルを作りたいなと思っていて。
 
高校にY君一人しか部員がいない演劇部があったんですよ。
一人だと大会も出れない。
ただ部費は結構貰っていたから「Y君、俺ら演劇手伝うから、その代わり映画作りたいから部費をちょっとこっちにくれない?」って言ったら「分かった」って言ってくれて。
 
それでY君の演劇を手伝った。それはY君が脚本と演出で、僕は俳優として出たのかな。舞台にしっかり出たのはそれが初めてだった。
 
ぽん
高校の時からいろんなことをやられていたんですね。
えっ、ちょっと見てください!
あそこの駅の時計台に人がくくり付けられています!
しかも上半身裸です!
 
三浦
あれ、僕だ(笑)。
泉中央駅のバスターミナルの時計に上裸になってくくり付けられて、胸にはイナバウアーって書いて。たぶん当時それが旬だったんだね。
そして口にマシュマロを詰めて、その様子を友達のM君に映像を撮ってもらうっていうのやってた。
 
大事になって警察に連絡行っちゃって、パトカー4台くらい来た(笑)。
やばいやばいって思って、そのまま警察署に連れていかれて話聞かれたことがあったな。
 
ぽん
(爆笑)
 
三浦
赤瀬川原平さんっていう現代美術の人がいて、高校生の頃は具体的にどんな活動をしているのかわからなかったんだけど、ただ白装束を着て、東京中のマンホールをピカピカにするパフォーマンスっぽいことをしている人がいて、何それ面白い!と思って。
 

 
ぽん
それって、東京オリンピックの頃の…?
 
三浦
そうそう!ハイレッド・センター。
それにすごい影響を受けて真似事とかもしていた。そういう映像を撮りたかったから、M君とかとそういうことをいっぱいやってたな。
 
ぽん
私、泉中央でアルバイトしていて。
 
三浦
あっ、そうなんだ!
 
ぽん
毎日バスプールを通るので、その度に時計見ては思い出し笑いをしちゃいそうです。
 
三浦
そういう映像をいくつか撮っていたんだよね。
警察署で話を聞かれていた時に、荷物を調べさせてくれって言われて、ちょうどその後に撮ろうとしてたのが、道に大根と、その先におろし器、その先にさんまを置いたら誰かあえてくれるかっていう映像で。
それがちょうどカバンに入っていて、いちいちこういうことでって説明したんだけど、警察の人から「何が面白いんだ」って言われて恥ずかしかった(笑)。
 
ぽん
仙台にもそういう面白いことをする人がいたんですね(笑)。
 
三浦
うん、でも今だとできないのかなあと思いますけどね、バカッターみたいな感じで炎上しちゃいそう。
僕が高校の時にやっていたようなことは、今の時代だとやりづらいのかな。
 
ぽん
ちなみに、ビデオって残っているんですか?
 
三浦
ビデオは残っているとは思うけれど、どこに行ったかわかんないんだよな。
東京の家のどこかにあるとは思うんだけれど。
 

 
ぽん
ものすごく気になります(笑)。
今度は服を脱ぎながら坂道を全速力で駆け抜けている少年が見えますが…。
もしやあれも三浦さんですか?
 
三浦
あれも僕だね。脱いでばっかりだなぁ(笑)。
 
ぽん
なぜ服を脱ぎながら走っているのでしょう?
あっ、学校に向かってるんですね。
 
三浦
あれは、高校の体育の授業で野球をしたときにエラーをしちゃったことがあって、一緒にエラーをした友達がちょうど同じ方面に住んでいたから、罰として明日は自転車じゃなくて走って学校にいこうって、2人で別に被らなくていい罰を自分たちに課してた。
 
朝早く出発して走っていくうちに、走れメロスみたいな気分になってきてさ(笑)。
 

 
ぽん
(さらに大爆笑)
さあ、三浦少年。ラストスパートだ。
教室への道のりはそう遠くない。
果たして1時限目の国語の授業に間に合うのでしょうか!
 
三浦
かなり厳しい状況ですね。
 
ぽん
そうですね。メロスのように服をどんどん脱ぎ捨てていきます。
と、言いたいところですが服はきちんと抱えて持っています!
 
三浦
おっと!ここで授業開始のチャイムが鳴ってしまった……!
 
ぽん
しかしすでに全裸になった三浦少年は諦めない。
がんばれメロス!いや、がんばれ三浦少年!
 
三浦
やっと教室にたどり着いた! 
ここで扉をバーンと開け放ち、一言。
「セリヌンティウスは無事ですか!」
と、まあ、こういうことが全部今につながっているような気がしますね(笑)。
 
ぽん
一つひとつの出来事が三浦さんを育んできたんですね。
なんだか胸が熱くなります。
 
 
タイムスリップから戻ってきたところで、前編はおしまい。
後編では、宮城や東北を舞台にした作品や、演劇やカルチャーについて想うこと、未来のお話をお届けします。
お楽しみに!
 
 

三浦直之 (みうらなおゆき)

  1987年生まれ、宮城県出身。2009年、『家族のこと、その他たくさんのこと』で王子小劇場「筆に覚えあり」に史上初入選。同年、主宰としてロロを立ち上げ、以降全作品の脚本・演出を担当。2013年、脚本・監督作品 映画「ダンスナンバー 時をかける少女」を発表し、MOOSIC LAB 2013 準グランプリ他3冠を受賞。2015年には『ハンサムな大悟」の戯曲が第60回岸田國士戯曲賞最終候補作に選出。TVドラマの脚本、MVの監督なども手掛ける。 三浦直之Twitter

 

劇団ロロ (げきだんろろ)

  三浦直之(主宰・脚本・演出)、板橋駿谷、亀島一徳、篠崎大悟、島田桃子、望月綾乃、森本華(以上俳優)、玉利樹貴(えかき)、坂本もも、奥山三代都(以上制作)の10名による集団。2009年より東京を拠点に活動中。漫画・アニメ・小説・音楽・映画などジャンルを越えたカルチャーをパッチワークのように紡ぎ合わせ、様々な「出会い」の瞬間を物語化する。小説のリーディングや音楽ライブと融合した短編演劇、映画製作など、ジャンル横断で演劇の枠を拡張しながら活動を行い、2013年三浦直之・初監督作品 映画『ダンスナンバー 時をかける少女』(製作:ロロ)は『MOOSIC LAB 2013』準グランプリ他3冠を受賞。2015年には11作目の本公演『ハンサムな大悟』の戯曲が『第60回岸田國士戯曲賞』最終候補作に選ばれる。代表作は『いつだって可笑しいほど誰もが誰か愛し愛されて第三小学校』『LOVE02』『あなたがいなかった頃の物語と、いなくなってからの物語』など。 http://lolowebsite.sub.jp/

 

後編はこちら

センキュー、ポップカルチャー!劇団「ロロ」三浦直之を育てたものたち(後編)

 
宮城や東北を舞台にした作品や、演劇やカルチャーについて想うことについてのお話。

企画・編集 高野明子  撮影 嵯峨倫寛

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ぽんちゃん
仙台生まれの大学生。ゼミで、まちづくりについて学んでいる。両親が使っていたフィルムカメラを譲り受け、撮影の練習中。まちを歩きながら、レトロな看板や面白い看板を見つけるとつい撮ってしまう。荒町の喫茶店「ぴーぷる」のナポリタンが大好き!仙台の文化の点を線でつなぐカルチャーウェブマガジン「SEN.」のライターでもある。

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BGM of "BGM"

antennasia san (vocal) とNerve (track) により1999年に結成。ブリストル・サウンド、ダブなどをルーツとする。アルバムごとに音楽性の幅を広げつつ、一貫して、sanのヴォーカルを軸としたトリッピーなサウンド/ベース・ミュージックを追求している。soundcloud