1分コラム

本から本を思い出す 第2回

本を読んでいて、別な本のことを思い出す時がある。
同じようなことが書いてあったり、逆のことが書いてあったり、たまに、読み直してみても、なんで思い出したのかよくわからない、ということもある。
そうやって思い出しながら、自分の本棚の本をぐるぐるとリレーしていく。

Jan 31, 2018   

第2回
→宮本常一 旅する民俗学者[佐野眞一責任編集]
収録・かなたの大陸を夢みた島(宮本常一/述・講演会テキスト)/新編 村里を行く/宮本常一 (著)

 

『チラッと横目で見て「どうせハズレだろうな〜」とか、山道でUターンする場所もないしとか自分に言い訳しながら、このあと待ってる風呂とメシのことを考える。(中略)そこで「ハズレだろう」と思いながらも、溜息まじりでUターンできるかどうかの勝負。
 「おもしろい場所を見つけるコツってなんですか?」ってよく聞かれるけど、走り続けるだけだ。コツなんてあったら、こっちが教えてほしい。』
圏外編集者/都築 響一(著):P101より

『まあ、二本の足で歩いて、日本という国を私なりに確かめてみたいと思い、きょうまでやってきました。ここ四、五年、学校の先生みたいなものになってましたので、歩くのは減ってきたんですが、それでも今までに四千日ばかり歩いているのです。(中略)
 まあ、できることなら、皆さんの中にも、そういうスットンキョウな人が出てきて、私みたいなことをやってくれるとありがたいなあと思っています。それをやらないと、島のこと一つにしても、本当のことが分からないような気がするんです。』
宮本常一 旅する民俗学者:P34より
 

 どうやってこんなにも多くの場所に行けたのだろう。どうやってこんなにも多くの人に取材したのだろう。どうやってこんなにも多くのいい写真を撮ったのだろう。そう思わずにはいられない、圧倒的な情報量の本がある。答えは単純で、著者は多くの場所を訪れ、多くの人に会い、多くの写真を撮ったのである。そうしてきたから、それだができた、ということだけなのだけど、膨大な量の情報が積み重ねられ一冊の書物に編み上げられるまでの苦労は計り知れない。
 宮本氏も都築氏も、『ロードサイドにしかない。どこにでもある(圏外編集者:P89)』ものを取材し、紹介してきた人である。宮本氏は、1907年(明治40年)生まれの民俗学者で、消えゆく村の生活・文化・民話を聞き、調査した人だが、その量は膨大で、『もし宮本くんの足跡を日本の白地図に赤インクで印したら全体真っ赤になる程であろう(新編 村里を行く:P281)』と、かの渋沢敬三に言わしめた程である。そして都築氏もまた、徒歩がレンタカーになったという違いはあれ、日本中、世界中を駆け回り、“地方”を取材してきた人である。『文化的なメディアからはいっさい黙殺され続けてきた、路傍の天才たち(圏外編集者:P185)』へのインタビューは、まさに宮本氏の残してきた無数の聞き書きであり、都築氏もまた「ロードサイド≒現代の民俗」を取材する民俗学者なのである。
 前述の宮本氏の引用は1970年に行われた講演会のテープを文字起こししたもののようだが、この時62歳か63歳。1981年に73歳で亡くなるまでの間にも、新潟、ケニア、タンザニア、生まれ故郷の山口県、福島などの調査に出向き、生涯で実に11年以上歩いたという。今年おそらく62歳になる都築氏もまた、きっと今日もどこかのロードサイドでUターンしているのだろう。
 なお、2018年1月現在、宮本常一著作集(未來社)は、本巻51・別集2を数えるが、今なお完結していない。都築氏の全集もきっとすごい数になるんじゃないかと、今から楽しみである。

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antennasia san (vocal) とNerve (track) により1999年に結成。ブリストル・サウンド、ダブなどをルーツとする。アルバムごとに音楽性の幅を広げつつ、一貫して、sanのヴォーカルを軸としたトリッピーなサウンド/ベース・ミュージックを追求している。soundcloud