特集 お仕事の極み

6年後には 自動車メーカーに
白石から世界に! 変化を恐れず、夢は大きく

東北新幹線の白石蔵王駅から車で10分ほど。市街地を抜け、国道4号線を福島方面へ進んで行くと、見えてくるのが株式会社ヴィ・クルーの本社です。学校の校庭のように広い敷地には、私たちがよく利用する「バス」がずらり。バスの修理・塗装、車体や部品の製造などを行っている株式会社ヴィ・クルー。ユニークな社長の信念と大きな夢を伺いました。

Sep 30, 2018   

人の心を動かす優れた仕事をしている方にお話を聞く特集 “お仕事の極み”

6年後には 自動車メーカーに
白石から世界に! 変化を恐れず、夢は大きく。

 

「うちの会社が頑張ることで、県外の人に白石市を知ってもらうきっかけになるんです」
と佐藤全(さとうあきら)代表取締役社長

 
 

バスの塗装修理はもちろん
車体・部品メーカーとして

 

バスの車体を塗装している様子を初めて見ました。ダイナミックな仕事ですね。株式会社ヴィ・クルーでは、どんな事業をしているのでしょうか

 
佐藤全代表取締役社長(以下佐藤) 
バスの「板金塗装・修理」「車体製造」「部品製造」の3本柱でやっています。もともと私の父がやっていた会社の整備部門を独立させた会社なので「板金塗装・修理」の売り上げが大きいですが、少しずつ「車体製造」や「部品製造」というメーカーとしての売り上げが増えてきています。
 
 

15,799平方メートルの敷地に巨大な工場が並ぶ

 
 

塗装を待つ大型バスが何台も並ぶ。板金も大きく、「乗用車の整備とはスケールが違う」と佐藤社長

 
 

修理や整備を待つバスには、見慣れたバス会社のものも

 
 

バスがまるごと入る塗装ブースを導入している工場は県内でも珍しい

 
 

独自で開発した商品もあるんですか?

 
佐藤
はい、最初に開発したのは、LED路肩灯です。開発した当時のLEDは「長持ちするけど暗い」ものだったのですが、独自の技術で夜でも本が読めるほどの明るさを確保しました。特許を取得し、全国のバスで使われています。
 
 

明るさが評判のLED路肩灯「シャインマーカー」。
全国シェア4割を誇り、メーカーとしての地位を確立した

 
 
「ボンネットバス」をつくっているのも日本でうちだけ。昨年から販売をスタートし、今は会津などで走っています。「ボンネットバス」ってSNS映えしますし、観光の目玉になっているようです。
 
 

ボンネットバスの企画を実現するまでは、準備に1年、
実際に製造にかかってからは4カ月を要したそう

 
 

(ボンネットバスのパンフレットを見て)かわいい! 乗りに行きたくなります。私も気づかないうちにヴィ・クルーさんの製品のお世話になっているかもしれないですね

 
佐藤
今は、バスでお客さまがシートベルトを締めているか、可視化・データ化ができる装置をつくっています。バスのシートベルト着用は義務化されているのですが、なかなか浸透していないのがいないのが現状です。この装置の導入で、飛行機のように乗ったら当たり前に締める、という習慣ができるのではと思います。
 
 

放送作家を諦め
入社した父の会社

 

佐藤社長は、もともと車が好きだったんですか?

 
佐藤
全くそんなことないんです(笑)この仕事を始めたのも、大学を卒業するタイミングで父から「会社の経営がまずいから、帰ってきて手伝え」と言われたからで、本当は放送作家になりたかったんです。
 

放送作家!

 
佐藤
大学生のころ、とある企業のラジオCMをつくったんです。それがヒットしまして。広告業界が華やかなころでもあり、天才が登場した! とチヤホヤされました。当時学生でしたが、ヒットしたCMをつくった企業からは役員として迎えてもらいました。大手広告代理店からの誘いも受けていたので、自分の未来はこっちだな、と。そう思っていた時に、父から連絡がありまして。
 

なかなか気持ちの整理がつかなかったのではないかと思います…

 
佐藤
最初は辛かったですよ! 会社に入った当時は営業の仕事をしていたのですが、取引先に行くと裏に呼ばれて、父には言えないような苦情を言われたりするんです。厳しいことを言われたりすることも多くて、ほんとうに毎日辛いだけ。放送作家という夢を叶えて、天才天才と言われていたのに、なんで好きでもない仕事でこんなに責められないといけないのか、と。何の突破口もないまま、数年間過ごしました。
 
 

お世話になった人の
叱咤激励が契機に

 

気持ちが切り替わったきっかけはあったんですか?

 
佐藤
そうですね。父の会社に入社して数年後に、やはり学生のころの夢が捨てきれず、当時お世話になっていた企業の社長を訪問したんです。よく帰ってきた! と迎えてくれると思ったら、頭ごなしに説教されました。「おまえは天才天才って持ち上げられていたけど、本当の天才っていうのは、何をやっても成功させるものなんだ。でもおまえは、父の会社すら盛り上げられず帰ってきた。おまえは天才じゃなかったんだ」って。ショックでした。なにくそ!と思いましたよ。帰り道、車を運転しながら呪いの言葉を吐きまくっていました(笑)。でも、冷静になって考えてみると、その社長が言いたかったのは「天才と言われるほどの努力をしてきたのか」ということだったと思うんです。もっと頑張れ、と。
 

いい言葉をもらいましたね…

 
佐藤
これからは、このフィールドで自分の強みを生かそうと考えなおしました。自分の強みである放送作家時代に培った企画力で、どんどん企画していってやろう、と思いました。今は、ゼロからイチをつくることにこだわりたいと思っています。「誰もやったことがないことをするのが自分なんだ」って。私ね、「そんなの前例がないよ」と言われるとワクワクするんですよ。それって「自分が最初にできる」ってことじゃん!って(笑)。当時、その意気でつくったLED路肩灯は、今や大手企業がうちの代理店になって商品を販売してくれているんです。全国シェアも4割になりました。
 

放送作家で培った経験が、車の仕事にも役立っているんですね

 
佐藤
無駄なことってないんだなぁと思いますね。役に立てようと思えば、経験はどこでも役に立ちます。
 
 

夢は、日本で15番目の
自動車メーカーになること

 

これからの夢を教えてください

 
佐藤
日本で15社目の自動車メーカーになる! ですね。今、日本にはTOYOTAやHondaをはじめとする14社の自動車メーカーがあるのですが、それに続く自動車メーカーになろうと思っています。日本一のバスをつくるのが目標。大学生の就職説明会でも、こんな大きな夢を語るもんだから、夢見がちな大人という印象を持たれてるんじゃないかと思います。
 

阿部さんは、大学を出て今年4月に入社したそうですが、そんな佐藤社長を見てどう思いますか?

 
阿部遥さん(以下阿部) 
他の企業とは違う、おもしろい取り組みをする社長だと思います。
 
佐藤
本当?(笑)
 
阿部 
本当です(笑)。私は仙台市の街なかで生まれ育ったので、最初はヴィ・クルーがある白石の環境にカルチャーショックを受けて落ち込んでいたのですが、社長と一緒に新卒の就職説明会などに行くようになり、やっぱりおもしろい仕事だな、と思うようになりました。落ち込んでいた時に、社長からもらった手紙は、すごく印象に残っています。
 
佐藤
いつも給料日に社員に手紙を書いているんですよ。阿部が最近落ち込んでいるというので、よし今月は阿部にむけたメッセージを書くから、と約束しました。もちろん阿部さんへ、と書くのではなく、みんなに通じるような手紙にしたのですが、今の阿部に響く内容にしよう、と。
 
阿部
手紙の最後に「逃げるな」って書いてあって。その言葉を見て、ああ、そうだなって。
 
 

「休日は、マラソンや登山をしたりするのが楽しみです」と阿部さん。
プライベートも楽しめる環境

 
 

現在41名が働いている。平均年齢は34歳

 
 

不平不満も率直に
意見を我慢しない社風

 

社内の雰囲気はどうですか?

 
阿部
繁忙期以外は、定時になるとみんな帰りますし、有給休暇も取りやすい会社です。
 
佐藤
どんな会社もそう言うとは思うんですが、うちは本当にそうなんです。定時が17時30分なのですが、私が外から17時40分くらいに会社に電話をかけると、誰も出ないんですよ(笑)。社員同士の雰囲気は…。いいチームも、そうじゃないチームもありますね。
 

そんなにはっきり言ってしまっていいのでしょうか…?

 
佐藤
うちの会社は、毎年必ず1~4人は新卒を採用しています。そのときに一番怖いのはミスマッチなんです。だから、率直に話すようにしています。それに、会社の目標は社員がみんな仲良しであることじゃない。不平不満が言える環境であるということは、我慢しないで意見が言える環境であるということです。それで事業がうまくいくなら、その方がいいですよ。
 
阿部
今年から若手中心に交流会を発足しました。10月には、社内レクリエーションを企画していて、それも楽しみですね。
 
 

インドネシアから来たサンディさん。
「日本語は大変だけど、溶接や車の仕事ができるのは楽しい」と話す

 
 

若者も外国人も積極採用
変化が会社を強くする

 

新卒のほか、インドネシアからの研修生も受け入れていると伺いました。さまざまな人が入ってくるのは、大変なこともあると思います

 
佐藤
最初にインドネシアから研修生を迎えたときは、まるで黒船騒動のようでした(笑)。でも、若者や外国の人を会社に入れて、変わり続けることは、会社にとってプラスになると思っています。違いを認めることが会社としての成長にもなります。将来的には、うちでつくったバスをインドネシアに輸出するのが目標です。自動車メーカーになるための6カ年計画がありまして、5年後にはインドネシアに現地法人をつくる予定です。数年後には、ヴィ・クルーがなにかやってるぞ、とザワザワしてくるはずですよ。どこかで私を見かけたら、今どうなってるんだ、って聞いてください。実は今、こんなおもしろいことやってるんだよって、お話できると思います。
 
 
 
※こちらの記事は、2018年9月30日河北新報朝刊に掲載されました。
 

 
 

株式会社ヴィ・クルー

  2006年創業。白石市斎川地区に本社を構える。自動車やバスの整備・修理・塗装などのほか、バスのデザイン・改造・製作なども行い、献血車やキッチンカーなども手掛けている。ボンネットバスの新車製造はもちろん、中古部品の販売も行う。 http://vi-crew.co.jp/

 
撮影 三塚比呂
 

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沼田 佐和子
株式会社月刊カフェラテ コピーライター&ディレクター。宮城の復興情報誌、旅行情報誌などの企画制作、コピーライティングをやっています。ムスメと本とおいしい食事とお酒が好き。迷ったら面白いほう。

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antennasia san (vocal) とNerve (track) により1999年に結成。ブリストル・サウンド、ダブなどをルーツとする。アルバムごとに音楽性の幅を広げつつ、一貫して、sanのヴォーカルを軸としたトリッピーなサウンド/ベース・ミュージックを追求している。soundcloud