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彫刻家 佐野美里の暮らしのつくりかた 
松島の初原という土地に寄り添って

彫刻家の佐野美里さんは、松島の内陸の地域である初原で暮らし、彫刻をつくっている。近所に彫刻家がいるってどんな感じなのだろうか。佐野さんが、初原に出会って、土地に寄り添い、馴染んでいくまでのお話。

Feb 26, 2018

「みさとちゃん!」「みさとっぺー!」
彼女のことを、みんな楽しげに愛情を込めて呼ぶ。
 
ここは、日本三景として美しい湾を誇る松島の内陸にある地域、初原。
森と畑と家が並び、古き良き日本といえるようなおおらかな風景が続く。
夜には星が瞬き、夏になれば小川に蛍が舞う。
 
そんな初原に、佐野美里さんは2年前にやってきた。
美里さんは、大きな楠の木を彫って作品をつくる彫刻家。
 

 
女性の身体性を愛嬌のある犬の姿で表現する作品をつくっている。
 

©Kohei Shikama
 
宮城県内を転々と間借りしながら、彫刻を彫り続けてきた。
どうにか自分の制作環境が欲しいと願いながら探しまわっていた。
ついに出会ったのが、この初原という場所。
 

 
ここは、大工の棟梁(とうりょう)の佐藤さんが職人たちと一緒に、材木を加工するための作業場だった。
「体のこともあって半年前に廃業したんだ。活気がないこの場所を見るのは寂しい」
「ここのバスケットゴールは、昔、息子たちが遊ぶのに取り付けたんだ」
なんていう棟梁の話を聞きながら、空き家を見せてもらった。
 

 
「なんて素晴らしい場所なんだ」と美里さんは感動した。
 
自然光が入る窓、澄んだ空気、高い天井、丈夫なコンクリートの床。
木材を扱うためにしつらえられた空間は、同じ木を扱う美里さんにとって、贅沢すぎるほどの環境。
2階には、大工さんたちの一日の疲れをねぎらうためにお酒を酌み交わした和室や水場があった。
 
「ここを私に貸してくれませんか、住みたいです!」
と半ば強引に頼み込むと、
「わかった、いつまでもこのままではなぁ」
とちょっぴり戸惑いながらも承諾してくれた。
 
次に棟梁に会った時には、「壁壊しておいたぞ」と、この状態。
 

 
美里さんの同級生でリノベーションを手がける建築家、
川上謙さんに設計を協力してもらえることになった。
 

 
「女の子が住むんだったら、寒くちゃだめだ」
という棟梁と川上さんの配慮から、壁には断熱材が入れられ、3カ月も経たないうちに、あっという間に部屋らしくなってきた。
 
さて、次はこの壁に塗装を施す。
一人でやっても自分だけの場所になってしまうだけで、つまらないと考えた美里さんが
「一緒に家をつくらない?」
と幼馴染や友だちに呼びかけると、面白がって駆けつけてくれた。
子どもたちは楽しそうにペンキローラーで絵を描いた。
みんなで真っ白に壁を塗った。
 

 
1階の作業場は、なるべく変えずに最低限だけ片付けた。
棟梁が汗水垂らして、家族のために働いていた空間を、新参者の美里さんがガラッと変えるようなことをして、寂しい思いをさせたくなかったのだ。
大工さんが柱に印した計算などの跡もそのままにした。
 
コンクリートの床に作品を置くのではもったいないと、棟梁がステージをつくってくれた。
後にこのステージで音楽ライブが行われることになる。
 

 
こうして2016年春、美里さんの初原のアトリエが完成し、新しい生活がはじまった。
 

 
地域の人にどんな人が引っ越してきたのか知ってもらいたい、手伝ってもらった人に感謝を伝えたいとの想いから、オープンアトリエを開いた。
美里さんの彫刻のモチーフ、犬にちなみ、ホットドッグを頬張りながらの「HOT DOG PARTY」だ。
 

 
その席で美里さんが棟梁に尋ねた。
「どんなふうにこの場所を私が使ったらうれしいですか?」
棟梁はこう答えた。
「子どもたちの笑顔が見たい」
 
その一言から、美里さんは、初原の子どもたちがアートやデザインに触れられる環境づくりをはじめた。
 
第一線で活躍するグラフィックデザイナーの友だちを講師に招き、松島のロゴを考えるワークショップを企画。
デザインとは何か、子どもたちに伝わるように、手を動かしながら一緒にやってみる。
 

 
ある日は、テキスタイルデザイナーの友だちを講師に招き、親子で草木染めを学ぶワークショップ。
 

 
地域の人が一人ずつ集まってきて、美里さんの存在を知っていった。
 
夏には地域の子ども会と、「佐野美里さんのアトリエに遊びにいってみよう」という行事を開催。
アトリエの見学と、美里さんが彫刻を彫った時に出た木の欠片をカラフルに染めたものを組み合わせてブローチづくりをした。
 

 
この時のテーブルは棟梁が
「子どもたちが来るんだったら机をつくらなきゃな」
と張り切って制作してくれたものである。
 
美里さんはアトリエを拠点にさらに地域の人を巻き込んでいく。
 
ここで暮らすことで、何かもっと自分にできることはないかと考えた時に、思い浮かんだのが、棟梁を笑顔にすること、そして、薄暗く寂しそうだった作業場を楽し気な場所にすることだった。
 
友だちでミュージシャンの青谷明日香さんに相談し、ライブが実現した。
 

アトリエでのライブの記録映像。 青谷明日香ライブ at 佐野美里アトリエ 「犬の宵市」
 
赤ちゃんからおばあちゃんまで、120人ほどの人が集まった。
森と畑と家しかない初原でライブが行われるのは珍しいことだった。
 
棟梁も
「あの作業場にこんなに人が集まるようになるなんて」
と、弾けるような笑顔でライブを楽しんでくれた。
 
棟梁の息子さんは、
「美里ちゃんが来て、家よりも何よりも、父の気持ちがリノベーションされた」
と嬉しそうに語ってくれた。
 
気がつけば、棟梁と美里さんの心の距離はとても近くなっていた。
会った頃は半信半疑だったが、だんだんとファンになってくれて、サポーターになってくれて、今では家族のようだ。
 
アトリエに引っ越して一年半後、美里さんは、松島の海が見渡せるギャラリーで個展を開催した。
展覧会のタイトルは、「松島。彫刻と、暮らすこと。」。
 

©Photo516
 
いつもアトリエに遊びにくる子どもたちに、彫刻をつくっているところだけではなく、空間に展示されているところも見て感じてほしいという願いが叶った。
 

©Photo516
 
作品を展示した什器は、棟梁のお手製である。
 

©Photo516
 
場所も人も魅力的な初原という地域に出会った美里さん。
地域の人たちとの関わりを通して、自分だけの利益を求めるのではなく、自分の役割について考えるきっかけになった。
 
「美里さんが引っ越してきて、彫刻というものを知って、初めて芸術って面白いと思えた。
今度、子どもと美術館とかに行ってみようと思うんだ」
と言ってくれた近所のお父さん。
 
「みさとちゃん、おれもなにかつくりたい!」
とアトリエを覗くわんぱく小学生たち。
 
散歩の途中に鑿を打つ音が聞こえると、必ずアトリエに立ち寄る柴犬のラン。
 
近所に住む彫刻家として、少しずつ土地に寄り添い、馴染めてきたことが、ただただ嬉しい。
 
作品を生み出すということは自分と向き合うことだが、周囲と関わることで自己理解を深めることができる。
 
美里さんの暮らしはつづく。
 

 

365days, 365dogs

佐野美里さんが、1日1匹、犬のドローイングを毎日発表するスペシャルな企画「365days, 365dogs」をBGMで連載中!
 
365days, 365dogs
 

 

佐野美里(さのみさと)

  彫刻家。1987年宮城県に生まれる。2011年東北芸術工科大学大学院芸術工学研究科修了。楠を素材として木彫作品を制作。女性の身体性を愛嬌のある犬の姿で表現している。木を命あるものとしてとらえ、木の個性を生かすよう、一彫り一彫りを大切にしながら作品を生み出している。現在、松島町在住。 sanomisato.com
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高野明子
随時工事中の人間型複合文化施設。企画とデザインを手がける「Waltz by Lucy」、河原に流れ着いたものでつくる装飾品「10Ma editing of the earth」主宰。仙台のシビックプライドについて考え、ローカルなカルチャーを伝えるプロジェクト「SEN.」を立ち上げ、友人たちと取り組んでいる。愛称はルーシー。

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antennasia san (vocal) とNerve (track) により1999年に結成。ブリストル・サウンド、ダブなどをルーツとする。アルバムごとに音楽性の幅を広げつつ、一貫して、sanのヴォーカルを軸としたトリッピーなサウンド/ベース・ミュージックを追求している。soundcloud